コラム倉庫 2002〜04年分(平成14〜16年)


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なぜ浄土宗の教えを信じ、敬愛するか (3) (2004.12) 浄土宗の教えのもう一つの特色――それは、お念仏をとなえるという易行(やさしい修行)を往生のための...
なぜ浄土宗の教えを信じ、敬愛するか (2) (2004.11) 浄土宗の教えには二つの大きな特色があります。一つは、死後の救いがはっきりと示されていること。もう...
なぜ浄土宗の教えを信じ、敬愛するか (1) (2004.10) …というテーマをあげましたが、浄土宗のことをお話しする前に、私がなぜ仏教に帰依するのか、について...
お布施について (2004.09) いつも林海庵のサイトをご覧頂き、ありがとうございます。このごろ、ご質問やご相談を頂くことが増えて...
お施餓鬼のこと (2004.08) 先月7月は、当庵で初めて小さな「お施餓鬼(おせがき)」をお勤めいたしました。(当日の様子をお念仏...
お盆の季節です (2004.07) お盆の月を迎えました。東京のお盆は7月です。場所によって8月のところもありますが、多くのお宅では...
師僧、藤木芳清上人のこと (2004.06) 去る3月19日、私(住職・笠原 泰淳)の師僧が満57歳で遷化いたしました。遷化(せんげ)とは僧侶...
(10) 四誓偈 (しせいげ) その4 (2004.05) 緑の眩しい季節ですね。林海庵のあるマンションの裏山も、みごとな眺めです。今月はお経の解説―「四誓...
(9) 四誓偈 (しせいげ) その3 (2004.04) 4月に入りました。桜の木の下で、新しい生活をスタートされた方も多いことでしょう。皆さまによき出会...
歎異抄のこと (2004.03) 前回の予告では四誓偈の解説についてお話しする予定でしたが、私ども浄土宗の僧侶が日ごろご質問を頂く...
(8) 四誓偈 (しせいげ) その2 (2004.02) 昨年12月の続きです。「四誓偈」解説の前段階、『無量寿経』についてのお話を続けましょう。登場人物...
迎 春 (2004.01) 新たな年を迎えました。昨年は、皆さまにとりましてどのような年でしたでしょうか。林海庵にとりまして...
(7) 四誓偈 (しせいげ) (2003.12) 「開経偈」に続いて読まれるお経はいくつかありますが、最もよく読まれるお経は『四誓偈(しせいげ)』...
「お念仏の会」のご案内 (2003.11) 宗教は、仏教に限らず、理屈ではありません。三段論法をもって納得する、というようなものではない。学...
(6) 開経偈(かいきょうげ) (2003.10) 今月は「開経偈」を読みましょう。無 上 甚 深 微 妙 法百 千 万 劫 難 遭 遇我 今 見 ...
合掌について (2003.09) 今月は身体の所作――合掌(がっしょう)についてお話をしましょう。合掌の「掌」という字は「たなごこ...
お盆のお経『盂蘭盆経』 (2003.08) 8月は旧盆。今年は梅雨が長引きました。梅雨が明けて、青空に太陽の輝き、蝉の声、風鈴の音、西瓜、里...
お盆のこと (2003.07) 今年もお盆の季節がめぐってまいりました。夏の風物詩、といった趣もありますが、お盆の供養といえば、...
(5) 十念(じゅうねん) (2003.06) この連載も5回めを数えます。今年2月から始まり、やっと「お念仏」までたどりついた、というわけです...
(4) 懺悔偈(さんげげ) (2003.05) 今年は浄土宗のお経の勉強を続けています。今回は第4回。これまで、「香偈」「三宝礼」「三奉請」と進...
(3) 三奉請(さんぶじょう) (2003.04) 毎月、浄土宗のお経の解説をしています。今月は「三奉請(さんぶじょう)」です。三奉請とは、一に阿弥...
(2) 三宝礼(さんぼうらい) (2003.03) 先月は「香偈(こうげ)」について書きました。お香で身と心をきよめたら、次に三宝(さんぼう)を礼拝...
(1) 香 偈(こうげ) (2003.02) 以前予告いたしました通り、今年は浄土宗のお経の解説を載せてまいります。私どもが読むお経は、漢訳の...
迎 春 (2003.01) 新たな年を迎えました。身と心を調(ととの)え、この時代、この年に何が起ころうとしているのか、また...
成道会 (2002.12) お釈迦さまの成道(さとりをひらくこと)を祝って勤められる法会が成道会(じょうどうえ)です。12月...
極楽浄土 (2002.11) 「極楽浄土」…それは夢の中の世界のようであって、しかも夢とは違う現実感をもって体験しうる世界―ま...
仏教の「罪」と「懺悔」 (2002.10) 己の心を見つめる―これは仏教の基本です。外側に向いている眼を内側に向ける。そこに何があるか…。一...
お彼岸 (2002.09) 秋のお彼岸がやってまいりました。夏のお盆はご先祖を家にお迎えして、供養して差し上げる行事でした。...
お 盆 (2002.08) 今年のお盆はいかがでしたか。お盆は『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』というお経に由来する仏教行事です...



 一気読みコーナー 
※時間の逆順になっています(新しいものほど上)

2004.12なぜ浄土宗の教えを信じ、敬愛するか (3)

浄土宗の教えのもう一つの特色――それは、お念仏をとなえるという易行(やさしい修行)を往生のための最高の行として位置づけていることです。 極楽浄土に想いを向け、阿弥陀さまにお導きをお任せし、ただ「なむあみだぶつ」ととなえます。毎日5分でも10分でも、どなたにでもできる行です。これが最高の行です。読経や観想の行は「助業」といいまして、お念仏を助ける行になります。

「たとい一代の法(お釈迦さまが一生の間に残された多くの教え)をよくよく学すとも、一文不知の愚鈍の身になして…智者のふるまいをせずして、ただ一向に念仏すべし。」(法然上人)
たとえ仏教のいろいろな教えをよく学んだとしても、「私は何も知らない」と思い成して、ただひたすらに念仏しなさい――これが浄土宗、法然上人の教えです。
ただ念仏すれば救われる――そんな簡単なことがあるはずはない。仏教は深遠な教え…何か奥義があって、それを修得してはじめてお念仏のご利益を頂けるのではないか。そのような考え方は法然上人の時代にもありました。それに対しては、
「このほかに奥深きことを存ぜば、二尊(阿弥陀さま・お釈迦さま)のあわれみにはずれ、本願にもれ候うべし。」(法然上人)
もし奥義などをわたしが隠しているのであれば、わたし自身が阿弥陀さま・お釈迦さまの教えに背くことになり、お念仏の救いから漏れてしまうでしょう――これ以上の奥義など何もないのだよ、とはっきり言っておられます。

仏教では、簡素な生活と心の安定を説きます。簡素な生活とは、たとえば自分の持ちものを減らすことです。――なかなか難しいですね。しかし、もっと難しいのは「知的持ちもの」を減らすことです。私たちは「知識や経験を蓄積しなさい」と教えられてきました。「知識や経験を忘れなさい」と教えてくれる人はほとんどいません。ところが仏教に関するかぎり、これはとても大切なことなのです。知識や経験が豊かで「私は知っている」と思っている人は、仏教では「何も分かっていない」ということ。
我(エゴ)は、何かしら難しいものに取り組みたがります。「私は簡単な修行や初歩的な知識では満足できない。ごく少数の人だけが達成できるようなこと、ごくごく優秀な人だけが理解できるようなこと――それこそ、私が取り組むにふさわしいことだ」
こうして、ゲームが始まります。「エゴという幻」から離れることを目指して出発したはずなのに、いつの間にかエゴの戦略に捕まってしまいます。「私は仏教をよく勉強した。お経の意味や、人がどう生きるべきかということについて、充分な知識と経験を得ている。何でも私に聞いてくれたまえ。」??

法然上人はこう言われます。「一文不知の愚鈍の身になして(自分のことを、お釈迦さまの教えの一節さえも理解できない愚か者とみなして)」――「私は知っている」という思いはここで一刀両断に切り捨てられます。そして、「ただ一向に念仏すべし」――。

お念仏の教えは、「難しいことはよく分からないけど、救いが欲しい」と切実に願う人を救ってくれます。そしてまた、「今までたくさんのことを学んできたが、何一つ身についていない。相変わらず自分の煩悩にふり回されている」という人も救ってくれます。
「一切皆凡夫」――わたしたち凡夫をまったく平等に救ってくれるのが、誰でもできる念仏行なのです。
「願わくは、諸々の衆生とともに、安楽国に往生せん」
仏教をよく学んだ人も、学ばなかった人も、善行を積んだ人も、罪を犯してしまった人も、男も女も、老いも若きも、病める人も健やかな人も、皆でお念仏をとなえて、ともに極楽(安楽の国)に救われてゆきましょう――この理想こそ、大乗仏教の究極の姿であり、私がこの教えを敬愛する所以です。


2004.11なぜ浄土宗の教えを信じ、敬愛するか (2)

浄土宗の教えには二つの大きな特色があります。
一つは、死後の救いがはっきりと示されていること。もう一つは、お念仏をとなえるという易行(やさしい修行)を救い=往生のための最高の行として位置づけていることです。この二点において、私は浄土宗の教えを生涯よりどころにし、人さまにも勧めるに足る教えであると思っています。

まず、死後の救いがはっきりと示されている、とはどういうことか。
浄土宗の教えによれば、
「現代は末法(仏教衰退)の時代。生きている間に修行を積んでさとりを開くのは極めて難しい。肉体が死を迎えるときにまず阿弥陀仏のお導きを頂こう。そして阿弥陀仏のかまえられた仏の国である『極楽浄土』に往こう。『極楽浄土』であれば仏・菩薩の指導を直接頂くことができ、妨げもないので自然に修行が進み、さとりを開くことができる。」
人間の精神的な成長はどこまで可能なのか、自分自身はこの人生においていかなる可能性をもっているのか、を考えたとき、私自身、限界を感じざるを得ません。経験を積み、年齢を重ねるにつれてそこそこの成長はあるでしょうが、逆に思い込みやとらわれも増えてきます。「仏の智慧を得る」ところまで行き着くのは到底不可能に思えます。自分ばかりでなく、周囲の人々も同様。仏の教えは経典として確かに残っているが、それを実践してさとりに至ったという話は聞こえません。むしろ、煩悩にふり回され続けている自分の姿、他人の姿が見えるだけ…まったく絶望的な状況です。
ところが、身体の命が尽きるときに、大いなるジャンプ(極楽往生)がある…しかも、往生ののちに仏道をさらに進み、さとりにまで至ることができる、というのがこの教えの第一の特色です。

「末代の衆生、その行、成就しがたきによりて、まず弥陀の願力にのりて、念仏の往生をとげてのち、浄土にして阿弥陀如来・観音(菩薩)・勢至(菩薩)にあいたてまつりて、もろもろの聖教をも学し、さとりをもひらくべきなり。」(法然上人)

「詮ずるところ、極楽にあらずば生死をはなるべからず。(生死を離れる=迷いの世界から解脱する)念仏にあらずば極楽に生まるべからざるものなり。しかれば深くこのむねを信じたまいて、一向に極楽を願い、ひとすじに念仏を修して、このたび生死をはなれ極楽に生まれんとおぼしめすべきなり。」(法然上人)

「阿弥陀如来の光明は、あまねく十方の世界を照らして、念仏の衆生を摂取して捨てたまわず」(『観無量寿経』)

(この項、来月につづく)


2004.10なぜ浄土宗の教えを信じ、敬愛するか (1)

…というテーマをあげましたが、浄土宗のことをお話しする前に、私がなぜ仏教に帰依するのか、について話すべきですね。それで、(1)としました。
「仏教」という言葉は、私自身の中にさまざまなイメージや記憶、肌ざわり、思慕を喚起します。深遠な教え、香の香り、仏像などの荘厳、礼拝、鐘の音、僧侶たちの読経の声、厖大な経文…。
学生の頃には禅の本(専門書ではなく一般読者向けです)をよく読みました。「悟り」?「生死を超える」?…目の前に未知の世界、それでいて馴染みを感じるような深い世界が広がるのを覚えました。それをきっかけとして、宗教、特に仏教に関心をもちました。後にヨーガ、チベット仏教から浄土教へと関心が移ってゆきます。
今振り返ってみますと、日本に生まれ、その伝統や文化の中に育ったことで仏教に馴染みを感じている、という部分も大きい。私は寺の出身ではありませんが、それでも身体のどこかに仏教への親近感がしっかりと根を下ろしています。それはやはり日本の歴史、文化の中で育ったからでしょう…海外に行ったとき、特にそれを感じます。

というわけで、私が仏教に帰依するのは「仏教の本を読んで関心、共感を抱いた」ということと、「仏教と深いかかわりを持ってきたこの日本という国に生まれ育った」ということが響きあった結果です。さまざまな宗教を目の前に並べてみて、「これは良い」「これは良くない」と長所短所を知的に吟味した結果、仏教を選んだ、というのではありません。
またもう少し掘り下げますと、仏教の本や歴史・文化といったご縁はむしろ表面的なことであり、「はじめに仏縁ありき」なのかもしれません。日本に生まれ仏教書を読んだ人が、必ず仏教に帰依したり僧侶になったりするとも限りませんから…。実際に僧侶として活動しておりますと、そう思うときもあります。

仏教は、苦しみからの解放をめざす教えです。小さな「我」や「こだわり」を捨て、広々とした空間の中で慈悲心や智慧が自在にはたらくような境地を理想とします。その理想は、私自身に確固たる人生の指針を与えてくれます。
仏教徒たちはこの理想にしっかりと焦点を合わせ、長い歴史の中で信仰や修行を続けてきました。今現在も、その教えの泉から限りない恵みを受け取ることができます。
仏教に帰依する―それは私にとってとても自然で、ありがたいことなのです。

「千の言葉があったとしても、それが意味のない言葉であるなら、意味深い一句の方が優れている。その言葉は、それを聴くものに心の平安をもたらす。」
「人が生命を受けることは難しく、やがて死すべき者が今生命を保っているのは貴重なことである。正しい教えを耳にすることは難しく、仏が世に現れるのは貴重なことである。」 (ともに釈尊の言葉)


2004.09お布施について

いつも林海庵のサイトをご覧頂き、ありがとうございます。
このごろ、ご質問やご相談を頂くことが増えてまいりました。「敷居の低いお寺を目指す」というのが当庵の方針のひとつでもあり、ネット上でもそれを大切にしておりますので、ありがたいことだと思っております。
さまざまなメールを頂きますが、特に多いのが「お布施」についてのご質問です。お布施については何度か書きました(Q&Aの9番55番62番が、私自身の経験も含めて書いてみます。

以前、まだ僧侶になる前にインドを旅したことがあります。
歩きやすいということでスニーカーを履いていきましたが、あちらはとても暑いので、サンダルが欲しくなりました。早速雑貨店をのぞきました。好みのサンダルが見つかると、次は値段の交渉です。先方はこちらが「ジャパニ」だと分かっていますから、かなりの高額をいってきます。こちらも負けずに値切ってゆく。数分続きましたが、どうにも話がまとまりません。しまいに店のおばさんが、大きな声で、
"How much is your price?"
と聞いてきたのです。
一瞬、頭の中が白くなりました。それまで「○○ルピーなら買うよ」「それがダメなら△△ルピーだ」と言っていたわけなのですが、改めて聞かれ、考えが止まってしまいました。
…そうこうしているうちに結局折合いがついて、取引が成立しました。
インドではごくありふれた値段交渉の一場面。そのときこう思いました。
「今、このサンダルが欲しい。自分はこのサンダルに幾らの価値を見るのか? (それは必要度と懐具合を考えて、自分自身で決めなければならないんだ)」

お布施についてのご質問、特に金額について「相場はいくらですか」というご質問を頂くたびに、この経験を思い出します。お布施は「商品・サービスの対価」ではありませんので、本来比較にはなりません。しかし、仮に商品を買う場合であっても、私たちは
"How much is your price?"
という問いに答えてお金を支払っているでしょうか。あらかじめ示された「市場価格」を見て、その金額を払うことに慣れすぎているのではないでしょうか。せいぜい「こっちの店の方が安い」「安いほうがいい」という比較で安易に支払っているのではないでしょうか。
日用品を買うのにいちいち値段交渉をしていたら、面倒くさいし時間もかかってしょうがない? そうですね。私も、お金を払うときにはいつも『このサンダルが欲しい。自分はこのサンダルに今幾らの価値を見るのか?』と考えるべきだ、と言っているわけではありません。しかし、お布施の額を考えようというときくらいは、「相場はいくら?」という考えから離れても良いのではないでしょうか。


2004.08お施餓鬼のこと

先月7月は、当庵で初めて小さな「お施餓鬼(おせがき)」をお勤めいたしました。(当日の様子をお念仏の会「記録ページ」に掲載しています)
お施餓鬼、とは文字通り「餓鬼」に施しを与える法会です。そして、その功徳をご先祖にふり向けます(回向=えこう、といいます)。「供養を通じて、餓鬼道に堕ちた霊を救う」という点では「お盆―盂蘭盆会(うらぼんえ)」と共通していますが、もともとは別の法要です。

お施餓鬼のもととなるお経では、お釈迦さまのお弟子である阿難尊者(アーナンダ)が主役です。
阿難尊者が独り森の中で瞑想しておりますと、そこに餓鬼が出てきます。その餓鬼が言うには、
「お前の命はあと3日である。命終わったあとは餓鬼の世界に生まれ、苦しむことになるぞ。」
「どうすれば助かるのか。」
と尋ねる阿難尊者に対して、餓鬼は阿難尊者が助かるための供養の仕方を教えます…。

一方、お盆のもととなるお経の主役は、仏弟子の目連尊者(モッガラーナ)。目連尊者は、餓鬼道に堕ちた母親を救うために、お釈迦さまの教えに従って出家僧たちに飲食を供養します。その功徳によって母は救われる、という物語です。

このように、お施餓鬼とお盆は別々の出典(お経)による法会なのです。ただ、先に書きましたように「供養を通じて、餓鬼を救い、その功徳を先祖に回向する」という点では共通しますので、混同されることがあります。お施餓鬼をお盆の季節に合わせて勤めるお寺も多いので、それも混同の一因となっています。

さて、「お施餓鬼(施餓鬼会)」です。
施しをするのは阿難尊者、仏弟子です。お釈迦さまの直弟子が、お釈迦さまの指導の下に餓鬼の霊に施しを与える、それがお施餓鬼です。ですから、施しを与える側は、仏弟子のレベルに達した人でなければならぬ、とは言わないまでも、少なくとも「餓鬼ではない」存在でなければなりません。
私たちは、はたして「餓鬼に施しをする施主」にふさわしい存在なのか―これは、よくよく考えてみるべき問題です。「お金が欲しい」「地位が欲しい」「異性が欲しい」「健康が欲しい」「スリムな身体が欲しい」「人々の注目が欲しい」「あれが欲しい」「これが欲しい」―でもそれが手に入らずに苦しんでいる、としたならば…。
中には無理からぬ欲求もあるでしょう。しかしひととき、これらの「欲」から離れ、「施しをして、功徳を積む」という経験をしてはいかがでしょうか。お施餓鬼はそのチャンスを頂く法会なのです。
菩提寺さまから「お施餓鬼」「施食会」のご案内を頂いた方は、これを良い機会と考え、是非ともご参加下さい。


2004.07お盆の季節です

お盆の月を迎えました。
東京のお盆は7月です。場所によって8月のところもありますが、多くのお宅では7月の13~15日(16日)にお盆を迎えます。
精霊棚を設け、お盆のお飾りをする。お供物を揃える、提灯を出して組み立てる、お墓参りに行く、迎え火を焚く、お坊さんがみえてお盆のお経を上げて下さる―。当初核家族であった私の家では、祖父が亡くなったときからこのお盆の行事が始まりました。以来30年以上この形が続いています。準備をするのは初めは祖母が中心でした。その後、母がそれを引き継いでいます。
私が林海庵住職としてお盆のお参りをさせて頂くお宅は、ここ数年以内にご家族を亡くされたご家庭がほとんどです。私の家と同じく、それまではお仏壇も置いていなかったご家庭。ある日ご家族を亡くされ、お寺とご縁をもつ、お仏壇を置く…仏事が続き、そして初盆を迎えます。

先月も書きましたが、私の師僧は今年の3月に遷化(せんげ)いたしました。
その師僧の座右の銘は、
「心は形を求め、形は心を育てる。」
お盆の行事にも、この言葉が当てはまります。お盆には、亡きご先祖が家に帰ってみえる。おもてなしの形をしつらえて、お迎えする。そこには哀しくも嬉しい、何ともいえない色彩豊かなひとときがあります。

昨今の住宅事情では、迎え火や送り火を焚くこともままならぬ。またお盆が終わってお飾りやお供物を川に流すことも出来ない。そもそもお寺さんが檀家さんを回らなくなった…という声も聞こえてきそうです。
しかし…おできになる範囲で構わないのです。どうぞお宅のやり方でお盆をお迎え下さい。


2004.06師僧、藤木芳清上人のこと

去る3月19日、私(住職・笠原 泰淳)の師僧が満57歳で遷化いたしました。遷化(せんげ)とは僧侶が逝去することをいいます。昨年7月に入院し、闘病生活を送っておられましたが、誰も予測しなかったことに、病状が急変しました。

私の師僧は、笠原家の墓がある東京都中野区の貞源寺の住職です。今となっては「先代住職」ということになります。私は僧侶を志したときに菩提寺の門をたたき、弟子入りを乞うたわけです。以来、13年余が経過いたしました。師僧からはたくさんのことを教わり、お叱りを受け、また喧嘩(議論)もしました。
訃報を聞いてから密葬、本葬と諸事が続きまして、やっとここへきて少し気持ちが落ち着いてきた感じです。もちろん、日常の様々なことにはそれなりに対応しているのですが、頭のどこかに師僧のことがあり、「まだ(亡くなられたことが)信じられない」感じ、ご本人のお声や雰囲気の生々しい感覚があります。
師僧は、住職として貞源寺を守る傍ら、無類の蕎麦好き、バイク好き、また古典芸能を愛された方でした。その方面のいろいろなお話を伺いましたが、今一番想い出すのはそれらの話ではなく、子供の頃に野球のグローブを買ってもらった、その時の嬉しさをしみじみと語られたときのことです。ある意味で、童心を失わなかった方でした。

師僧の遺骨は、私の父や祖父母も眠る貞源寺境内の墓地に埋葬されています。
今は、林海庵の活動―浄土宗の開教施策に全力を傾注することが、師僧ヘの恩返しだと思っております。


2004.05(10) 四誓偈 (しせいげ) その4

緑の眩しい季節ですね。林海庵のあるマンションの裏山も、みごとな眺めです。

今月はお経の解説―「四誓偈(しせいげ)」の4回目です。

修行僧ダルマーカラは、48の誓いを建てました。この中でもとくに大切な誓いが、48の中の18番目、「念仏往生の願」といわれるものです。この第18願は、浄土宗―お念仏の教えが依って立つ大事な誓願です。
お経の本文を見てみましょう。『無量寿経』の中、「四誓偈」の少し前のところに出てきます。

(第18願)設我得仏 十方衆生 至心信楽 欲生我国 乃至十念 若不生者 不取正覚
(もしわれ仏を得たらんに、十方の衆生、至心に信楽〈しんぎょう〉してわが国に生ぜんと欲して、ないし十念せんに、もし生ぜずば正覚を取らじ。)

(訳)もし私が覚りを得たときに、十方の世界にいる生きとし生ける者たちが、真実の心をもって、深く信じて私の国(浄土)に生まれたいと欲し、上は一生涯念仏(なむあみだぶつ、ととなえる)を続けた者から、下はただ十回の念仏をとなえたに過ぎない者であっても、もし一人でも私の国に生まれない者がいたならば、私は正しい覚りを取らない。

少し難しいでしょうか。簡単に言いますと「私は『なむあみだぶつ』と心をこめてお念仏をとなえる者を、一人残らず必ず浄土にすくい取る」ということです。これはダルマーカラ(覚りをひらかれたあとは「阿弥陀仏」)のかたい約束です。この約束の力(本願力―ほんがんりき)を頼りとして、私たちはお念仏をおとなえします。
「浄土宗の教えは簡単である。ただ念仏すればそれでよいのだから。」
と言われますが、誠にその通りです。難しい学問を究めたり、困難な修行を積んだりせずとも、救いの道が開けています。「なむあみだぶつ」と声に出してとなえることによって、老若男女を問わず、学問の有無や罪の大小に関係なく、必ず仏の約束が守られて光の中にすくい取られてゆく…これが浄土の教えの素晴らしさです。
「まさに知るべし、本誓の重願むなしからざることを。衆生称念すれば必ず往生を得。」(善導大師)
「念仏というは、仏の法身を憶念するにもあらず。仏の相好を観念するにもあらず。ただ心をいたして、もはら、阿弥陀仏の名号を称念する、これを念仏とは申すなり。」(法然上人)
「仏の御名を称すれば、必ず(西方浄土に)生まるることを得。仏の本願によるがゆえに。」(法然上人)

今月は「四誓偈」に関連して、浄土の教えで一番大切な「第18願」に焦点を合わせました。
次回はまた経文に戻りましょう。


2004.04(9) 四誓偈 (しせいげ) その3

4月に入りました。桜の木の下で、新しい生活をスタートされた方も多いことでしょう。皆さまによき出会い、よき学びがありますように…。

さて、このコラムでは、浄土宗のおつとめ(お経)の解説を続けています。
香偈・三宝礼・三奉請・懺悔偈・十念・開経偈…と進んで参りました。
今月は「四誓偈(しせいげ)」の3回目です。

これは仏の説かれた『無量寿経』の中のお話。
修行僧ダルマーカラは、理想の仏国土を建設しよう、と決意します。そのために、48の誓いをたてました。この仏国土が建設されたあかつきには、48の誓いがすべて実現されることになります。そして、48の誓いをまとめる形で語られた偈文が「四誓偈」です。

 我建超世願 必至無上道 斯願不満足 誓不成正覚
(がごんちょうせーがん ひっしーむーじょうどう
しーがんふーまんぞく せいふーじょうしょうがく)
われ(ダルマーカラ)は、世に超えすぐれた48の願を建てた。必ず最高の覚りの世界に至ろう。もしこの48の願が満足しないならば、仏にならないことを誓う。

 我於無量劫 不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚
(がーおーむーりょうこう ふーいーだいせーしゅー
ふーさいしょーびんぐー せいふーじょうしょうがく)
われは未来永劫にわたり、大いに恵みを施す主となろう。そして貧しく苦しんでいる多くの者をあまねく救おう。もしそれが叶わないならば、仏にならないことを誓う。

 我至成仏道 名声超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚
(がーしーじょうぶつどう みょうしょうちょうじっぽう
くーきょうみーしょーもん せいふーじょうしょうがく)
われが仏道を成就したならば、わが名前が十方に響き渡るであろう。もし隅々まで響き渡らないならば、仏にならないことを誓う。

まず、ここまでを見てみましょう。上に書きましたように、ここには3つの願いが説かれています。

  1. 最高の覚りをひらき、48の誓願をすべて実現させよう。
  2. 貧しく苦しんでいる者を、未来にわたってすべて救おう。
  3. わが名前を十方にゆきわたらせよう。
そして、これらの願いのそれぞれに、「誓不成正覚」―(この願いが叶わないならば)誓って正覚を成ぜじ、つまり、仏にならない、と誓われています。
また、48の誓願の本文を見てみますと、やはり、「(この願いが叶わないないならば)、誓って正覚を取らじ」という同じような表現が、それぞれの誓願の最後に出てきます。

仏教のめざすものは成仏、覚りです。「覚り=苦しみからの解放」のためにさまざまな教えや修行が説かれているわけです。ことろがここでは、「わたしの仏国土に、さまざまな世界で苦しんでいる人々をすべてすくい取れないようであれば、そのような覚りはわたしの取るところではない」と説かれています。ご自分の覚りよりも、人々の救済の方に重点を置かれている―「誓不成正覚」の5文字の中に、大乗仏教の究極の姿が見て取れます。
また、『無量寿経』の他のところには「修行僧ダルマーカラは、すでに覚りをひらかれてから長いとき(十劫)を経ている」と説かれています。これはすなわち、48の誓願がすでに成就されたことを意味します。

少しややこしい話になりましたが、まとめるとこうなります。
「ダルマーカラはすでに『阿弥陀仏』という名の仏になられ、これら48の誓願をすべて実現されている」
そして、48の誓願の中でもとくに大切な誓願が、48の中の18番目、「念仏往生の願」といわれるものです。

この第18願は、お念仏の教えの依って立つ大事な誓願ですので、次回に見ていきましょう。


2004.03歎異抄のこと

前回の予告では四誓偈の解説についてお話しする予定でしたが、私ども浄土宗の僧侶が日ごろご質問を頂く機会が多いため、今回は
「浄土宗と浄土真宗はどこが違うの?」
ということについてお話ししたいと思います。四誓偈については来月以降に続けます。

さて皆さん、浄土宗と浄土真宗は、同じ「なむあみだぶつ」なのにどこが違うのでしょうか。
ここに『歎異抄(たんにしょう)』という書物があります。親鸞聖人のお言葉を集めたもので、ご存知の方も多いでしょう。そのなかに、次の文章があります。
「親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまひらすべしと、よきひとのおほせをかうぶりて信ずるほかに別の仔細なきなり…」
つまり、「わたくし親鸞においては、『ただ、念仏を申して阿弥陀さまにお救い頂くがよい』と、良き人―法然上人―の教えを受けてそれを信ずるだけであって、その他には何のいわれもない」と言っておられます。さらに続けて、
「念仏が本当に浄土に生まれる種なのか、それとも地獄に落ちる業なのか、自分は全く知らない。しかし、もし自分が法然上人にだまされて、念仏して地獄に落ちたとしても決して後悔はしない。
なぜなら、他の修行に励んだら悟りを開けるところを、念仏したせいで地獄に落ちたというならば『だまされた』という後悔もあるだろう。しかし、いずれの修行も全うできぬわが身であるから、どうせ地獄行きに決まっている。」
だから、法然上人の教えを信じて念仏するしかないのだ、というのです。

親鸞聖人はかように深く法然上人の教えを信じておられたのであって、法然上人とは別の教えに基づく教団を創ろうとは考えておられませんでした。
歴史的なさまざまな経緯の中で、別々の教団として発展してきた浄土宗と浄土真宗ですが、そのルーツはひとつである、ということがお分かりいただけるでしょうか。
ご先祖の供養のしかたやお勤めの内容などについては違う点もあります。浄土宗の中にも「法然上人と親鸞聖人はここが違う」という議論があります。しかし今ここでは、「もとの教えは同じである」ということを強調したいと思います。なぜなら「浄土宗と浄土真宗はここが違う」ということを知って、頭で理解したつもりになると、肝心の念仏信仰の心がおろそかになるかも知れないからです。

心からとなえるお念仏―これに優るものはありません。

※関連のQ&Aもあります。質問1質問64などご参照下さい


2004.02(8) 四誓偈 (しせいげ) その2

昨年12月の続きです。「四誓偈」解説の前段階、『無量寿経』についてのお話を続けましょう。
登場人物は、「世において自在である王」という名の仏(世自在王仏)、その弟子である修行僧ダルマーカラ、そしてこの物語を語るお釈迦さまと、それを聴くアーナンダほかのお弟子たちです。

修行僧ダルマーカラは、自分の思い描く完全なる仏国土(それは、自ら建設せんとする仏の世界です)について、説きはじめます。
「『では世自在王仏よ、お聞き下さい。私が覚りを得たときには、その仏国土は次のようなものになるでしょう。』
そして、アーナンダよ(ここからはお釈迦さまの言葉です)、かの修行僧ダルマーカラは、48の誓いを宣言する。自分が覚りをひらいたならば、この48の誓いが実現するような仏国土を必ず建設する、という誓いだ。
その1番目はこういうものだ―『この仏国土には、3つの苦しみの境遇(地獄・餓鬼・畜生)はない。』そして2番目は、『この仏国土に生まれた者は、そこから死没して3つの苦しみの境遇に落ちることはない』という誓いだ。
そして次々に誓いが宣言され、18番目には次のような誓いがたてられる。
『人々が私の仏としての名を10回声に出してとなえ、この仏国土に生まれたいと真実に願うならば、必ず生まれることができる。』(この誓いに基づき、浄土宗ではお念仏を第一の行としています)
19番目―
『人々が覚りを求める心をおこして、もろもろの功徳を修め、この国に生まれたいと願うとしよう。その人の命が終るときは、私が菩薩たちや修行僧たちとともにその人の前に必ず現れる。』
20番目は、
『人々が私の名前を聞いてこの仏国土に思いをかけ、もろもろの功徳を積んで、その功徳を心から回し向けてこの国に生まれたいと願えば、必ず生まれることができる』
と続き、48までその誓いが宣言される。
こうしてダルマーカラは48の誓願を説きおわり、さらに続いて詩句をもって説いたのが『四誓偈』だ…」

というわけで、『四誓偈』はダルマーカラ(法蔵菩薩)がたてた48の誓いを要約したものと考えてよいでしょう。 『四誓偈』の内容については、次回の解説でみていきます。


2004.01迎 春

新たな年を迎えました。
昨年は、皆さまにとりましてどのような年でしたでしょうか。
林海庵にとりましては、大きな成長の年でした。

第一に、当 林海庵が昨年8月、浄土宗寺院として正式に承認されました。
それまでは「浄土宗の承認を受けた布教所」ではありましたが、「一僧侶による開教活動」という色が強かったのです。それが、一宗教団体に成長したことになります。これによって、たとえば、「寺院規則」を定める、宗教団体の役員を定めて役員会を開催する、同じ地域の浄土宗寺院の仲間入りをさせて頂く、林海庵所属の徒弟(弟子)の受け入れが可能になる…などの体制が整ってまいりました。

第二に、毎月の行事「お念仏の会」をスタートさせることができました。
これは昨年10月からです。以前から始めたいと思っていた会ですが、ようやく機が熟してきた、というわけです。お陰さまで毎月新しい方が来て下さり、また毎月おなじみになって下さる方もいらして、刺激的で貴重なひとときを過ごしています。

今年は、少し落ち着いた感じで活動を展開してゆきたい、と思っております。昨年は「大きな成長の年」であると同時に「極めて多忙な年」でもありましたので―。
このウェブサイトの方もより一層充実をはかって参ります。お経の解説も続けますので、どうぞ宜しくお願いいたします。また、ウェブサイトに関するいいアイディアがありましたら、どうぞご提案下さい。

皆さまにとりましても、実り豊かな年でありますように。


2003.12(7) 四誓偈 (しせいげ)

「開経偈」に続いて読まれるお経はいくつかありますが、最もよく読まれるお経は『四誓偈(しせいげ)』というお経です。『四誓偈』は、『無量寿経(むりょうじゅきょう)』という長いお経の中の一節で、『無量寿経』のいわばエッセンスです。
さて、『四誓偈』を読んでゆく前に、少し長くなりますがこの『無量寿経』の始めの部分をみてみましょう…。

あるときお釈迦さまは、1万2千人の比丘たち、また多くの大乗の菩薩たちとともにおられました。
お釈迦さまのお姿やお顔は、ふだんにもまして清らかで輝いています。
比丘の一人、アーナンダがそれをお釈迦さまに申し上げると、お釈迦さまはそれに答え、
「目覚めたる者(仏)は、もしも望むならば、どんなに長くでもこの世にとどまることができる。しかも、その容姿が衰えることはないであろう。なぜなら、目覚めたる者の心の安定と智慧は、極まりのないものだからである。
わたしは今、汝がために、ある目覚めたる者(仏)についての話を説こう。」
と言われ、「ダルマーカラ(法蔵)」という名の修行者についての物語を始められました。

「アーナンダよ、はるかかなたの時代から、53人の目覚めたる者が次々と世に現れた。そして、その次に現れた54番目の仏―それが『世において自在である王』という名の仏だ。
この仏の時代に、ある国王がいた。国王はこの仏の説法を聞き、発心、すなわち覚りを求める心をおこす。彼は国を捨て王位を捨てて、「ダルマーカラ(法蔵)」という名の修行僧となった。ダルマーカラはこの仏のみもとに参り、
『わたしもあなたと同じような仏となり、智慧を極め光明を放って、苦しんでいる人々をすくい取ろうと思います。わたしが仏となったときは、比類のない最上の仏国土を建設するつもりです』
と言った。仏はこの言葉を聞き、彼の志の深さを知る。そしてその力をもって、210億という大変な数の仏国土のようすについて、ダルマーカラに説き、示された。
ダルマーカラはそれらの国土について学び、さらにそののち長い年月(五劫)のあいだ思惟を重ね、やっと願いにかなうような完全な仏国土を思い描くようになる。
このとき仏は修行僧にこう言われた。『それでは修行僧よ、その仏国土について説くがよい。』

(つづく)


2003.11「お念仏の会」のご案内

宗教は、仏教に限らず、理屈ではありません。三段論法をもって納得する、というようなものではない。学問としてとりあげられることはあります。例えば宗教学、仏教学というような枠の中で研究が進んでゆく。それも大切なことですが、「体験」なくしては宗教、あるいは仏教とはいえません。
宗教体験が自分の中にしっかりと根づいていれば、難しいお経が理解できなかったとしても、よいのです。あるいはこうも言えるでしょう。お経を勉強してゆくことによって、宗教体験は深められてゆくだろう、しかしそれは必須ではない、と。

浄土宗を開かれた法然上人はこう言っておられます。
「私の教える念仏は、学問をして念仏の意味を深く理解した上でとなえるような念仏ではない。極楽浄土へ往き生まれるためには、深い信頼をもって、ただ『なむあみだぶつ』ととなえるだけでよい。」
「お念仏をとなえるときの心構えや態度についての教えもあるが、それらも『なむあみだぶつ』をとなえていれば、おのずとそなわってくるものだ。」

お念仏を体験し、浄土宗の教えに触れる方が一人でも増えればありがたいと思います。

さて、林海庵では、2003年秋より「お念仏の会」を行なっています。
何ごとも体験です。仏教に触れてみたい、お経を読んでみたい、浄土宗の教えを知りたい、など関心のある皆さま、どうぞご参加ください。このコラムで解説を続けているお経を、実際に声に出して読んでみます。
お念仏を唱和し、その空間をご一緒に味わいましょう。「家の宗派は浄土宗ではないんだけれど…」という方も歓迎します。

  • 日 時:毎月第4土曜日 午後 3:00 2:00から一時間半くらい
  • 場 所:林海庵
    東京都稲城市向陽台4-4-2
    ビュープラザ向陽台2-506
    電話(042)379-2606
    京王相模原線・稲城駅よりバス10分、またはタクシー(駐車場はありません)

    (後日追記)平成17年10月に移転しました。
    東京都多摩市和田1529-10
    電話(042)374-8671
    京王線・聖蹟桜ヶ丘駅より1番乗り場バス10分(駐車場もあります)
  • 会 費:500円(参加時)
尚、大体の参加者数を知りたいので、新たにご参加の方はご連絡下さい。
初めてお越しの方には、案内図をお送りします。

お念仏の会ご案内ページを新たに設けました。そちらもご覧ください。


2003.10(6) 開経偈(かいきょうげ)

今月は「開経偈」を読みましょう。

無 上 甚 深 微 妙 法
  む じょうじんじん み みょう ほう
百 千 万 劫 難 遭 遇
  ひゃくせんまんごうなんそうぐう
我 今 見 聞 得 受 持
  がーこんけんもんとくじゅーじー
願 解 如 来 真 実 義
  がん げ にょらいしんじつぎー
無上甚深微妙の法は、

百千万劫にも遭い遇うこと難し。

われ今、見聞し受持することを得たり。

ねがわくは如来の真実義を解したてまつらん。

「開経」の名のとおり、「経」(これはいわば狭義のお経、つまりおつとめの中で『浄土三部経』から抜粋して読むお経のことです)の直前に読む偈文です。仏教と出会うことができた歓びと、仏のさとられた真理をわれも理解できますように、という願いを綴った偈文です。

私がはじめて仏教と出会ったのは、学生時代です。当時はマスコミを将来の進路と決めて、読書やアルバイトに励んでおりました。知識や経験を蓄積することイコール人間の成長だと信じて疑いませんでした。
たまたま手にした仏教書には、衝撃を受けました。「過去を手放せ」と書いてあったからです。
知識や経験をたくさん積み重ね、その中から必要なものを取りだして自在に使えるようになりたい、とこう思い込んでいたわけですから、「過去を手放せ」「今、ここに生きよ」「判断、評価するな」というような教えは、自分の価値観を根底からひっくり返すものでありました。が同時に、ある種のすがすがしさ、身軽さも感じさせてくれたのです。
これが私と仏教との出会いでした。

尊い教えというものは、一度聞いて理解した、ということではなく、幾度となく新しい出会いを頂けるものだと思います。浄土の教えも同じ。なむあみだぶつ――難解な教えではありませんが、深さと新鮮さを感じます。

ねがわくは皆さまとともに、仏のさとられた真理を理解できますように。


2003.09合掌について

今月は身体の所作――合掌(がっしょう)についてお話をしましょう。

合掌の「掌」という字は「たなごころ」とも読みます。てのひら、という意味ですが、「た」は手のこと、すなわち「たなごころ」とは「手の心」という意味です。てのひらには心に通ずるものがある……本当でしょうか。両手のてのひらを反対側の手で優しく撫でてみましょう。何か感じますか? 私はてのひらに触れてみるとそこが自分の中心に近いところに通じているような、何かそんな感じがします。
両手を合わせる――この姿勢が宗教的な心を育てます。宗教的な心とは、別に難しいことではありません。素直な心、明晰な心、あたたかい心、感謝の心、不思議を感じる心、懺悔の心……こうした心です。自分の中心の近くにいる、そんな心の状態です。
昔のインドの人々は、手の形が「心の姿勢」に通じていることをよく知っていました。私たちも、例えば拳を強く握れば怒りや攻撃的な心に通じることを知っています。あるいは、上方にむけて手を開けば解放的でくつろいだ感じがします。このように、身体の姿勢、特に手の形は心の状態と深く結びついています。

林海庵の阿弥陀さまは坐像です。両足を組み、両手を組み合わせておられます。両手の指もまた、それぞれ親指と人差し指の先端を接しておられます。瞑想の姿勢です。なぜこのような姿勢をとっておられるのか。
日常的な場では、私たちの注意力は外側の世界に向けられています。見るもの、聞こえるもの、味覚や嗅覚の対象、目新しい品物や情報の数々に私たちはひきつけられ、それらに多くのエネルギーを注いでいます。しかもほとんどの場合、それは無意識的に行われています。そのときどきの状況に振り回されながら貴重な時間とエネルギーを浪費している――残念ながらこれが私たちの日常の現実です。私たちは人生の経過の中でいつかこの現実を知り、立ち止まります。「このままでよいのだろうか。」
外側の世界に不足を感じ、「人生にはもっともっと大切な果実があるにちがいない。私はそれを取り逃がしてきた」と感じた人は、内側の空間へと向かいます。身体を閉じた姿勢に保ち、それまで外側に向けていたエネルギーを反転させて内側深くに向けます。閉じた姿勢――両足を組み、両手を組む。閉じた姿勢をとることによって、内側に集中力を保つことができる、インドの人々は、体験的にこのことを知っていました。お気づきと思いますが、多くの仏像もこうした瞑想的な姿勢をとっています。なぜなら、そのような内向的・宗教的な姿勢のお像を仰ぐことによって、私たちの内側にも同様な心の状態が誘い出されるからです。

「合掌」という身体的な姿勢の中にも、このような背景があります。合掌することと内向的・宗教的な心の状態とは近い関係にあります。(よくいわれるように、なぜか「合掌しながら怒るのは難しい」のです。)宗教的な心をもって合掌することを積み重ねてゆけば、その心と姿勢の結びつきが自分の中に深く定着してゆくでしょう。いったんそれが定着すれば、宗教的な心を呼び起こしたいと思ったときに、合掌することが役に立ちます。そのためにはまずご自分で試してみて下さい。
目を閉じて呼吸を整え、ゆっくりと合掌してみましょう。胸のあたりで左右のてのひらが出会う瞬間、どんな感じがしますか。全身にあたたかい統一感が広がってきます。左右の手のひらはおたがいに出会いたがっています。おごそかな空気の中に、左右のたなごころに出会いの時間を与えましょう。そして、その合掌が自分の中心に通じている、とイメージしてみます。
どうぞそのような時間――わずかな時間でもよいのです――を、日常生活のなかに作って下さい。


2003.08お盆のお経『盂蘭盆経』

8月は旧盆。今年は梅雨が長引きました。梅雨が明けて、青空に太陽の輝き、蝉の声、風鈴の音、西瓜、里帰り…そしてお盆、というと、やはり日本の夏―という感じですね。
お盆のお経、というのがあります。この、お盆のお経『盂蘭盆経(うらぼんぎょう)』をちょっとのぞいてみましょう。

このお経の主役は、目連尊者という、お釈迦さまのお弟子さまです。この方は超能力の持ち主です。例えば、空を飛べる、変身の術、過去生のことが分かる、他人の考えていることが分かるとか、そういったことです。
この方があるとき、亡くなったお母さんを仏の道に導きたいと思いました。それで、得意の超能力をもってお母さんを捜してみる。そうしましたら、なんとお母さんは餓鬼の世界で苦しんでいる。その世界は「不見飮食(ふけんおんじき)」飲み物も食べ物も見当たらない。骨と皮に痩せ衰えたお母さんがいる。
目連さまは、すぐにご飯を鉢に盛って差し出した。お母さんは鉢をとって、食べようとします。ところが、口にはいる前にごはんが火となって燃え上がり、炭になってしまい、食べることが出来ない。それを見て、「目連大叫(だいきょう)」目連さまは大声で叫び、号泣します。そして、お釈迦さまの所に駆け戻り、ことの次第を話しました。
お釈迦さまは、こう言います。
「あなたの母は、罪根―これまでに犯した罪の根が深くはっている。あなた一人の力では、これはどうにもならない。だが、多くの僧侶たちの優れた力の助けを借りれば、母は解脱を得るであろう。
雨期の修行期間が明ける七月十五日に、沢山の素晴らしいご馳走を供え、僧侶たちに供養しなさい。これらの功徳によって、両親、七世の親だけでなく、六親眷族(またいとこまで)まで、三種の苦しみの世界から抜け出し、救われるであろう」
目連さまは、その通りにしました。そして、多くの僧侶が目連さまのご先祖の福楽を祈って供養を受けたところ、お母さんは餓鬼の世界の苦しみから見事に救われた、ということです。
目連さまは大変歓び、お釈迦さまにこう言います。
「私の親は、お釈迦さまの教えに従い、多くの僧侶たちの優れた力によって救われました。もし、未来の仏弟子で、親に仕え、先祖に孝行したいと思う者がこのお盆の供養をした場合、苦しんでいる親や先祖を救うことが出来るのでしょうか」
「よい質問だ、目連よ。誰でも皆、親や先祖に孝心を尽くさんとするものは、七月十五日、雨期の修行期間が明けた僧侶たちに、たくさんの飲み物、食べ物でお盆の供養を行ないなさい。もし父母が健在であれば、その寿命は百年に延び、病気も憂いもないであろう。さらに七世の先祖も苦しみを逃れ、神々の世界に生まれるであろう」
とおっしゃいました。

これが、お盆の行事のもととなるお経―親孝行な目連さまのお話です。
この中には、七月十五日ということが出てきます。お経によれば、お盆の供養はこの日なんですね。日本では実際には三日間とか四日間とかの幅をもってやっているわけです。迎え火、送り火、真菰(まこも)、キュウリの馬やナスの牛、ほおずき、提灯といったものもお盆にはつきものですが、お経には出てきません。しかし、これらはいずれもご先祖さまへのやさしい思いやり、という感じがします。日本人独自の、また地方色豊かなお盆の行事です。

今月はお盆のお経をご紹介しました。
暑さ厳しい日が続きます。皆さま、どうぞお大事にお過ごし下さいませ。


2003.07お盆のこと

今年もお盆の季節がめぐってまいりました。夏の風物詩、といった趣もありますが、お盆の供養といえば、今は亡きご先祖さまとの対話のひとときであり、また自分の人生を振り返るひとときでもあります。お経の話はしばらくお休みにして、7月と8月はお盆のことについて書きましょう。

人は誰しも、いつか必ずこの世を去ります。しかし、それですべて終わり、というわけではありません。そのあと「出会い」があります。それは仏の国でのお話――ではどういう出会いがあるのでしょうか。

まず、仏との出会いがあります。この「仏」とはどういうお方か。とても言葉では説明できない尊いお方です。巨大な山のような存在感がある。無量のまばゆい光を放っておられる。共にいるだけで、心が自然に清められてくる。素直になってくる。他の人に対しても慈悲の心が湧いてくる。私たちの心はすべてお見通し。そして、私たちの良いところも悪いところもすべて見通した上で、私たちを慈しんで下さる。導いて下さる。そういうお方です。
そして、仏のお弟子さまがたとの出会いがあります。私たちの先輩です。先輩といいましても、仏の国でのこと。兄貴かぜを吹かせたり後輩をいじめたり、などということはありません。同じお弟子の一人として、大事にしてくれます。お互いに別々の人格で、お互いを尊重しあう。それぞれに得意なこと、不得意なことがあって、互いに補いあい伸ばしあう関係です。
それから、先輩がたの中に皆さんご存知の顔も見えます。さきに往かれたご先祖の方々です。私たちが行くと「よく来たね」と言って歓迎してくださるそうです。

そういう先に逝かれた先輩の方々――あちら側の世界のご先祖さま方が、こちら側の、まだ生きていてジタバタとしている私たちの世界に帰ってきて下さるときがある。これが、お盆なのです。

東京では七月十三、十四、十五の三日間です。こう申し上げますと、「いや、うちは十六日に送り火を焚きます」というお宅もあります。中には、十二日に迎え火を焚くお家もある。東京はいろいろな地方から来られている方が多いので、それを反映してお盆のしきたりにもいろいろなものがあります。お盆のお飾り、お供えもさまざまです。
土地によってはお盆のお供えのメニューが決まっているというお話を伺ったこともあります。十三日の夜は何、十四日の朝は何、昼は何…というふうに。何ともお幸せなご先祖さまではないでしょうか。準備なさる方はたいへんだと思いますが。
そして、キュウリの馬とナスの牛。「うちにお帰りいただくときは馬に乗って早く帰ってきて欲しい、お帰りになるときは、牛に乗ってゆっくりお帰り下さい」という意味だと言われています。あるいは、ご先祖様は馬に乗って、荷物は牛に乗せて帰ってらっしゃる、という話もあります。どんな荷物をお持ちなんでしょうね。お土産はあるかな?
こういうことは、お経には書いてありません。別にお釈迦さまが、「キュウリで馬を作りなさい」とお経の中で言われているわけではなく、みな、習慣として伝わってきたことです。そして、それはそれでご先祖さまを大切に思う気持ちのあらわれですから、結構なことだと思います。ですから、こうしたお供えなどの習慣については「こうやらなければいけない」ということは、仏教的な立場で言えば本当はないのです。ただ、いい習慣だから、ご先祖さまを大事にする心のあらわれだから、大切にしていきましょう、ということなのです。

(つづく)


2003.06(5) 十念(じゅうねん)

この連載も5回めを数えます。今年2月から始まり、やっと「お念仏」までたどりついた、というわけです。

なむあみだぶ なむあみだぶ……(八回)
なむあみだぶつ なーむあみだぶ

さて、わが国で浄土宗を開かれたのは法然上人ですが、浄土の教え――お念仏の教えはインドのお釈迦さままでさかのぼります。ではお釈迦さまはどのように説かれているのでしょうか。ここでちょっと、お釈迦さまの教えに触れてみましょう。
……二千五百年前のある日、私たちはたくさんの人々とともにお釈迦さまを前にして坐っています。ちょうど今、お釈迦さまが今日の説法を始められるところです。今日はどんなお話をされるのでしょうか……。

「さとりを得て、光り輝く存在となられた方は実にたくさんいる。わたし(釈尊)が第一番めというわけではない。わたしが世に出るはるか昔から、あまたの修行者がさとりを得てきた。
今日は、そうした多くの仏=覚者のなかの一人、阿弥陀仏についてあなた方に話そう。
法蔵(ダルマーカラ)……これが阿弥陀仏の修行時代の名前だ。彼は一人の国王だった。その地の最高指導者だった。彼はあるとき、彼の時代に現れたさる覚者の説法をきいた。彼は人生の方向を変えてしまう。王位をすて、家をすて、すべてをすてて彼は修行の道に入っていった。彼の決心はかたく、その心は純粋そのものだった。
彼はただの政治家ではなかった――最高の地位にありながら、しかもこの世の苦しみをすみずみまで知りぬいていたのだから。貧困、病苦、憎悪、恐怖、悲嘆……世にあふれる苦しみを目の当たりにしてきたに違いない。人々の訴えに心から耳を傾け、その苦しみを深くうけとめてきたに違いない。彼は出家し修行をつみながらも熟考をかさねてゆく。
『わたしはさとりを求めて王位をすて、修行の道に入った。さとりを開くのがわたしの目標だ。だが、わたし一人が苦しみから解放されることにどれほどの意味があろうか。わたし一人が光明を得、一方で多くの人々は苦海に沈んだまま……そのようなさとりはわたしにとっては意味がない。』
ついに彼はこう決心する。
『わたしがさとりを得たあかつきには、ひとつの仏国土を建設しよう。わたしの仏としての名を呼ぶものは誰でもひとり残らず、この仏国土に保護しよう。ここは苦しみのない世界……修行を楽しみとして、誰もが仏の道を歩めるところ……』
やがて彼は修行を成就してさとりを得る。理想を抱く者は数多くいるが、それを成就する者はごくわずかだ。彼は大変な努力の末にそれをなし遂げた。彼は仏=覚者となり、その誓いは現実のものになった――かの仏の名を呼ぶ者は皆必ずその仏国土に迎えとられる、という誓いが。
これが、わたしが今日あなた方に伝えたかった阿弥陀仏の物語だ。そしてその仏国土は「極楽」という名で知られている。
どうかね、あなた方はこの話をどのように思うだろうか。これは単なる作り話ではない。この話は真実だ。わたしはそれを知っている。だから、わたしはこう言おう。あなた方も阿弥陀仏の名を称えなさい。かの仏の願いをあなたの中に響かせてごらん。彼の広大な慈しみの中でくつろぎなさい。あなたの側でなすべきことは何もない。すべてをかの仏にまかせること――。」

……この日の説法は、かようなものでした。これが阿弥陀仏と極楽浄土についての、お釈迦さまの教えです。お釈迦さまは実に多くの教えをお説きになられましたが、それらの中で浄土教の歴代の祖師がたが注目されたのは、まさにこの教えでした。そしてわたくしたちの「浄土宗のおつとめ」でも、お釈迦さまのこの教えのとおり「なむあみだぶつ」と阿弥陀仏のお名前をお呼びする――お念仏をお称えすることが中心になるわけです。ですから、わたくしどもが「同称十念!」と申しましたら、どうぞご一緒に大きなお声でお称え下さい。

「なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ、なむあみだぶ。なむあみだぶつ、なーむあみだぶ」


2003.05(4) 懺悔偈(さんげげ)

今年は浄土宗のお経の勉強を続けています。今回は第4回。

これまで、「香偈」「三宝礼」「三奉請」と進んできました。簡単に振り返りましょう。

「香偈(こうげ)」では、法要のはじまりに際し香を焚き、自分の身体と心を清め、これから諸々の仏に供養いたします、という意味の経文をとなえます。
「三宝礼(さんぼうらい)」では、仏教の三つの宝、すなわち(1)仏、(2)仏の教え、(3)仏教徒の集い、を礼拝する。
さらに「三奉請(さんぶじょう)」で諸々の仏をこの場(仏道の道場)にお招きいたします。
今回はそれに続く「懺悔偈(さんげげ)」について考えてみましょう。

我 昔 所 造 諸 悪 業  皆 由 無 始 貪 瞋 痴
  がしゃくしょぞうしょあくごう  かい ゆう む し とん じん ち
従 身 語 意 之 所 生  一 切 我 今 皆 懺 悔
  じゅうしん ご い し しょしょう いっさいがこんかいさんげ

われ昔より造るところの諸(もろもろ)の悪業は、みな無始の貪(むさぼり)瞋(いかり)痴(おろかさ)による。身・語・意より生ずるところなり。一切われ今みな懺悔したてまつる。

懺悔偈の心は、「ああ、本当に自分が悪かった」「何と自分はおろかだったのか」と気づく心です。しかし、このような心が起こるのはまれなことです。
私たちはときどき、「ごめんなさい」ということばを口にします。でも、心の底からこのことばを叫ぶことはめったにありません。もしそういう瞬間があるならば――心底から「ごめんなさい」といえるならば、それは誠に貴重な瞬間です。
私たちは子供のころからこう教えられてきました。「こういうときには謝りなさい」、「『ごめんなさい』は?」……だから、私たちは「ごめんなさい」といわなければならない状況を見て、機械的に「ごめんなさい」と口にします。自分の心――「本当に自分が悪かった」「間違っていた」と叫んでいる自分の心に充分に耳を傾けるひまもなく……。なぜならば、すぐに「ごめんなさい」といわなければお父さんやお母さんに怒られるからです。
状況を見てすぐに「ごめんなさい」という――これは、ある意味では「怒られないように」自分を守るためですし、大人になってからも人間関係の潤滑油として必要なことかもしれませんが、一方では打算的な心にも通じます。「ここは謝っておいた方がよさそうだ」「悪くおもわれると損だから謝っておこう」というわけです。
しかし、これは懺悔偈の心ではありません。
懺悔偈の心は、「自分の人生はいったい何だったのだろうか」「自分は何と愚かな人間なのだろう」と痛切に感じた経験のある人なら理解できるに違いありません。こうした経験はとてもつらいものです。大声で叫びたくなるほどつらいことかもしれません。できればそんな思いはしたくない――そうかもしれません。がしかし、そのような避けて通りたいようなつらい経験、そのすぐ脇に、宗教の地平が開けています。
「すべてを懺悔いたします」
と、心底からいえるようになったときに、私たちは新たな一歩を踏み出すことができます。これはとても貴重な瞬間です。
そして、この一歩を踏み出すことができた人は、幸いです。その人はとても大切なことを悟るでしょう。人生で出会う苦しみや悲しみのすぐ裏側に、輝く宝物――誰にも奪い去ることのできない宝物が隠れていることを悟るに違いありません。


2003.04(3) 三奉請(さんぶじょう)

毎月、浄土宗のお経の解説をしています。
今月は「三奉請(さんぶじょう)」です。三奉請とは、一に阿弥陀さま、二にお釈迦さま、三にその他十方の仏さまがたをお招きする文です。

奉 請 弥 陀 世 尊 入 道 場
  ぶーじょう みだせそん   にゅうどうじょう
奉 請 釈 迦 如 来 入 道 場
  ぶーじょう しゃかにょらい  にゅうどうじょう
奉 請 十 方 如 来 入 道 場
  ぶーじょう じっぽうにょらい にゅうどうじょう

請じたてまつる弥陀世尊、道場に入りたまえ
請じたてまつる釈迦如来、道場に入りたまえ
請じたてまつる十方如来、道場に入りたまえ

浄土宗ではこのように、三者の仏さまを考えます。まず第一に、そのお名前をお呼びする(念仏する)ことで私たちを救ってくださる阿弥陀さま。次に、仏教のおおもとであり、「念仏して阿弥陀仏の救いを求めなさい」と教えられたお釈迦さま。そして、すでにさとりを得られたそのほかの多くの仏さまがたです。こうした仏さまがたに、「どうぞこの道場(仏道修行の場)におこしください」とお願いする、これが三奉請です。

仏さまがたをお招きする――このように書いてみると意味はあまりむずかしくなさそうです。しかし、実を申しますと、この文は私にとってはとても難解でした。なぜかといいますと、確かにことばの意味はわかるのですが、「でははたして『おこし下さい』とお願いすれば本当に来て下さるのだろうか」――これは私にとっては大きな疑問でした。たとえば、一生の一大事というときに仏さまが来て下さる、それなら分かります。しかし、「奉請……」ととなえるだけで仏さまがたが来て下さる? 本当に?
しかし、「浄土宗のおつとめ」は読む順番が決められています。疑問があるからといって「ここのところは一つ飛ばして……」というわけにもまいりません。疑問に思いながらも何百回、何千回と声に出して読んでまいりますと、少しずつ「ああ、そうか」と分かってまいりました。どういうふうに分かってきたかと申しますと、肝心なことは「(仏さまがたが)本当に来て下さるかどうか」ではなく、「『どうぞおこし下さい』と、受け身になって待つ心」だということが分かってきました。先のことをあれこれ心配しなくてもいい、わが身と心をできる範囲で整えて「いつでもおこし下さい」と待つ心、この心があれば充分だ、と思いました。そう気づくと不思議なもので、このごろは三奉請をとなえてやっと仏さまがたの近くにいられる、そんな気がしています。

さあ、それでは、居ずまいを正して仏さまがたをお待ちしましょう。
「奉請弥陀世尊入道場……」


2003.03(2) 三宝礼(さんぼうらい)

先月は「香偈(こうげ)」について書きました。お香で身と心をきよめたら、次に三宝(さんぼう)を礼拝します。

一 心 敬 礼  十 方 法 界 常 住 仏
  いっしんきょうらい じっぽうほうかいじょうじゅうぶー
一 心 敬 礼  十 方 法 界 常 住 法
  いっしんきょうらい じっぽうほうかいじょうじゅうほう
一 心 敬 礼  十 方 法 界 常 住 僧
  いっしんきょうらい じっぽうほうかいじょうじゅうそう

一心に敬って、十方法界常住の仏を礼したてまつる
一心に敬って、十方法界常住の法を礼したてまつる
一心に敬って、十方法界常住の僧を礼したてまつる

この文にいわれるように、三宝とは、仏教で大切にしている三つの宝もの、すなわち仏、法、僧をさします。「仏」とは、さとりをひらいて人びとを恵み救う人をいいます。「法」は、その仏の説かれた教え、そして「僧」はその教えにしたがって修行する人びとの集いのことです。(この「僧」はやがて、一修行者をさすようになりましたが、もともとは人びとの集まり、すなわち仏教教団のことを意味しました)

お釈迦さまがさとりをひらかれて、その教えをお説きになりはじめると、あちらこちらから人びとが集まってまいりました。人びとの数が増えて、そうした人びとの一人一人に出家の許しを与えるのがとてもたいへんになってきたとき、お釈迦さまは、すでにお弟子になられている比丘たちにこういいました。
「比丘たちよ、(出家を希望するものを)出家させ、戒をさずけるには、このようにするがよい。はじめに彼らのひげや髪をそり、袈裟衣をつけ、上衣を一方の肩にかけてやり、あなたたちの足に礼をさせ、うずくまって合掌させ、このようにとなえさせなさい――私は仏に帰依いたします、私はその教えに帰依いたします、私は教団に帰依いたします――と」

こうして比丘たちにも、お釈迦さまご自身がなさるのと同じように、新しくやってくる人びとを仏教教団の一員に加える資格を与えられました。以来、三宝を礼すること ――「わたしは仏、その教え、教団の三つを宝ものとして大切にいたします」と誓うことが仏教徒であるための条件、ということになりました。
ですから「三宝礼」をとなえるということは、「今ここに、私はひとりの仏教徒としています」と宣言することでもあります。

中にはこうおっしゃる方もいるかもしれません。「仏教はとてもむずかしい。私はあまり勉強もしていないし、『私は仏教徒です』なんてとても大きな声ではいえません。」
でも、わたしの考えでは、「お仏壇の前にすわってみよう」と思い、それをこころみるだけでも、仏さまは「よくきたね」と言ってくださるはずです。「お経本を手にとってみよう」「お念仏をとなえてみよう」と思い、それをこころみるだけで、仏さまは「そうか、そうか」とこたえてくださるはずです。いかがでしょうか。

人生は長くはありません。ともに一歩ふみ出してみましょう。


2003.02(1) 香 偈(こうげ)

以前予告いたしました通り、今年は浄土宗のお経の解説を載せてまいります。

私どもが読むお経は、漢訳のものです。つまり、三蔵法師のような方々の力で仏教の経典が中国に伝わり、そこでインドの言葉が中国語に訳された―それがそのまま日本に伝わり、現在も漢文のまま読んでいる、というわけです。
ですから、お経を聞いただけでは何のことかさっぱり…ですね。「まるでお経を聞いているみたい」といえば、「ああ、ありがたい」という意味でなく、「全然分からない」という意味になる。
しかし、聞いているだけではさっぱり(?)でも、眼で漢文のお経を眺めていますと、何となく意味が伝わってきます。もっと学んでいくと、「意外に面白いなあ」と思います。

というわけで、今月から、ふだん私どもが読んでいるお経(『浄土宗のおつとめ』)について、少しずつ解説してまいります。

(1)香偈(こうげ)

『浄土宗のおつとめ』の一番はじめにでてくる文が「香偈」です。

願 我 身 浄 如 香 炉  願 我 心 如 智 慧 火
    がんがーしんじょうにょこうろー がんがーしんにょーちえかー

念 念 梵 焼 戒 定 香  供 養 十 方 三 世 仏
    ねんねんぼんじょうかいじょうこう くようじっぽうさんぜーぶー

願わくはわが身、浄きこと香炉のごとく
願わくはわが心、智慧の火のごとく
念々に戒定の香をたきまつりて
十方三世の仏に供養したてまつる

お香は昔からさまざまな目的に使われてきました。悪臭をとりのぞく、虫よけ、心を落ちつかせる、異性をひきつける、などのためです。仏教では特に、身と心をきよめるために、また仏を供養するためにお香を使います。体にぬるものを塗香(ずこう)といい、火でたくものを焼香といいます。皆さんにおなじみの「線香」は、焼香の一種です。自分に合ったよいお香をたくと、本当に心が落ちつくものです。
「仏の教えをひとことで言え」と言われれば、わたしは「心を静かに保ち、正しく生活することです」と答えるでしょう。心を静かに保つ、とは、何も面倒をさけてひとり引きこもることではありません。(そういう時期が必要なときもありますが……。)むしろ、人生でおこってくるいろいろな問題に対処するには、心を静かに保つことがとても大切だ、ということです。静かな心で自分を見つめ、他人を見つめ、深いところで微笑みをかわしあい、また涙を流しあう……そうすれば、怒りの心や欲深い心はおのずとおさまってくるでしょう。
毎日心を落ちつけて同じお香をたいていると、今度はそのお香のかおりを感じただけで心が落ちつくようになってきます。
皆さんもお仏壇の前にすわり、心を静めてお線香に火をともし、香煙がやさしくひろがってゆくのを感じてください。本尊さまやご先祖さま、そしてご自分の身と心をやさしく包んでいくのを感じてください。


2003.01迎 春

新たな年を迎えました。身と心を調(ととの)え、この時代、この年に何が起ころうとしているのか、また自分自身に何が起ころうとしているのか、そっと耳を傾けてみましょう。そして、自分の全てとはいかないまでも、一部分はつねに仏を念じていられるよう、願いましょう。声に出すお念仏―これが始めの一歩であり、最後の一歩でもあります。

昨年は当庵(のサイト)へ多数お越しいただき、誠に有難うございました。多くの方に見て頂ける、そして中にはご質問などを返して下さる方もある――何といいましてもこれが一番の励みになります。
現実の林海庵の方も、小さなスペースではありますが、お陰さまで当サイトと共に少しずつ成長し、電話やメールを下さる方、ご相談にみえる方、ご一緒に読経、念仏をして下さる方が増えています。

私どもは林海庵を開くときに、3つの柱をたてました。それは、

  1. 宗教性の高い寺をめざす
    心と心の出会い、敬虔な姿勢、宗教的感動、お互いの人間的な成長を大切にしたい。

  2. 敷居の低い寺をめざす
    どなたに対しても、「よくお越しくださいました」「よくご連絡をくださいました」と言える寺でありたい。

  3. ランニングコストの低い寺をめざす
    信徒の皆さまへの負担をなるべくかけないようにしたい。
というものです。1年経ってみまして、心もとない部分もありますが、引き続きこれらの理想を高く掲げて進んでいきたいと思っています。

また当サイトもお経の解説など、新しい企画を練っています。頑張って参りますので、よろしくお願いします。「こういうことをやって欲しい」というご希望がありましたら、ご遠慮なくお寄せ下さい。

新たな学び、新たな気づきのある、実り多き年でありますように。


2002.12成道会

お釈迦さまの成道(さとりをひらくこと)を祝って勤められる法会が成道会(じょうどうえ)です。

12月8日―この日に「それ」が起こった、と伝えられています。
仏典によれば、29歳で妻子を後に出家した沙門ゴータマは、6年の苦行の後、その苦行の益なきことを知りました。肉体を苦痛にさらし、追いつめたとしても、そこで精神的な成就が得られるわけではない、否、かえって精神力は衰え、意識が低下してしまう。自らの経験からこの理解を得たゴータマは、苦行をすっかり投げ捨て、水清きネーランジャラー河に沐浴し、食をとって体力を回復します。そして一本の樹の下で結跏趺坐を組みます。

いかほどの時が流れたかは定かでありませんが、明けの明星が煌めいたそのとき、「それ」が起こりました。そしてそこからあふれ出る大いなる流れは、2500年を経た今日なお、枯れることなく脈々と生命を保っています。

「それ」はかの沙門にとっていかなる体験であったのか―言葉で表現することはできないでしょう。単なる知的な気づきではなく、また単なる感情的な経験でもない。これらをすべて超えた、巨大な爆発であったに違いありません。そしてこの爆発から、超日常的な透徹した智見と、幸福への道を懸命に模索しつつもそれを得られぬ人間生命の苦悶に対する限りない慈悲の心が生まれました。

かの沙門の悟りの内容をあれこれ想像するのは無益なことです。しかし「それ」が起こったことに感謝し、祝い喜ぶ―お釈迦さまに思いを寄せる人々が、この日をそのように過ごすことができれば、なんと素晴らしいことでしょう。


*予告とご挨拶* 来年からこのコラム欄に、浄土宗のお経の解説を盛り込んでいく予定です。耳で聞いただけではさっぱりわからないお経の意味をやさしくお話しします! 乞うご期待。
今年4月の公開以降、サイトにもお寺にもたくさんの方が来て下さいました。おかげさまで、サイトと共に林海庵も少しずつ成長しています。この場を借りて厚くお礼申し上げます。来年も林海庵をよろしくお願いいたします。

2002.11極楽浄土

「極楽浄土」…それは夢の中の世界のようであって、しかも夢とは違う現実感をもって体験しうる世界―また現実感のなかで体験できるとはいうものの、肉眼ではとらえられぬ世界のことです。

わたしたちは夢を見ること(覚えていること)があります。夢を見ているのは誰でしょうか。考えたことがありますか。夢の中であってもそこに「わたしが見ている」という感覚がないでしょうか。夢の世界の中にいて、例えば空を飛んだりとか、亡くなった人に出会ったりとか、いくら非現実的なことがそこで起こったとしても、そこには「夢の登場人物であるわたし」のほかに、「夢の世界を見ているわたし」がいます。この「見ているわたし」は昼間、勉強や仕事をしたり、家事をしたりしているときも続いています。

朝、目覚めた瞬間、直前のことを振り返ってみます。自分の内側のどこかに、「寝ているときから続いている意識感覚」がありませんか。それは何となく明るいとか、沈んだとかいう漠然とした気分かもしれません。あるいは、前の晩から続いている考えごとにまつわる感覚かもしれません。どこかよその世界にいた、という感じのときもあるでしょう。

「死」を迎えるときはどうなのでしょうか。そこに「見ているわたし」はいるのでしょうか。夢を見たり、寝ているときの意識状態とどう違うのでしょうか。また信仰の有無によって、死にゆく体験は違ってくるのでしょうか。

わたしたちは普段、昼間の生活を大切な現実として人生の基盤に据えています。夢やファンタジーの世界は、否定されないまでも、芸術や心理療法など、限られた分野でしか取り上げられません。いわば現実の仕事や勉強、家事が「主」。夢やファンタジーが「従」です。
しかし、死においてはこれが逆転します。普段大事だと思っていた現実生活が、潮が引くように遥か遠くに退き、夢やファンタジー、信仰、信念、霊的な世界が俄然リアルになってきます。
まさにそのとき、わたしたちの心の動揺を超え、彼方の世界から導いてくれる至高の存在がある…それが浄土の教えです。

月かげのいたらぬ里はなけれども
ながむる人のこころにぞすむ

(浄土宗宗歌)


2002.10仏教の「罪」と「懺悔」

己の心を見つめる―これは仏教の基本です。外側に向いている眼を内側に向ける。そこに何があるか…。一切の衆生に仏性あり、といわれますが、そこには悟りの種となるような輝きがあるでしょうか。それとも、その輝きを覆ってしまうような、正視しがたいおぞましいものがあるでしょうか。
おぞましいものとは、例えば過去の傷ついた経験の記憶、後悔、自己嫌悪、他人に対する憎悪、嫉妬心、復讐心、耽溺への誘惑等々…まるで、心の中に棲む、別の生きもののようです。しかし、彼らを厭い嫌って、隅の方へ追いやろうとすればするほど、彼らは力をもって私たちを圧倒しようとします。ここが、己の心のままならぬところです。

例えば、仏教には「五逆罪」という五つの重い罪があります。これを犯すと「絶え間なく極限の苦しみを受ける世界」に行くといわれています。
その第一は「母親を殺す」、第二は「父親を殺す」、第三は…と続きます。
「親を殺すことは、人としてもっとも重い罪である。」そう定められているということは、裏返して言えば、はるか昔の時代からそうした罪が(頻繁ではないにしても)行なわれてきた、ということでもあります。
親を殺す、とまではいかないにしても、今日さまざまな事件が報道され、中には眼や耳を覆いたくなるようなことも多いですね…しかし、これは今に始まったことではありません。人間の罪や煩悩という点に関しては、現代が「特殊な時代」ではないのです。人間が存在を始めたときから、連綿として人間は罪と煩悩に苦しみ続けてきたと言っても過言ではないでしょう。
もしそのような事件に関わらずに済めば、幸運といえるかもしれません。しかし、誰しもが時と場合によっては加害者になり、被害者になり得ます。自分の内側をのぞいてみましょう。自分の中の加害者、あるいはそこに至る前の暴力の萌芽を敏感に感じ取ることができるでしょうか。
競争心や嫉妬心、憎悪、復讐心…こうした気持ちは、生きていく中で誰の内側にも起こり得るものです。それらの気持ちが激しく燃え上がってきたとき、どうするか。袋小路にはまって、極端な選択を迫られているように思い込むこともあります。その場合、他人や自分自身に対して破壊的な態度を取ることになる…。

「仏の前に一切を捧げ、懺悔せよ。」
罪と煩悩に苦しむ人間に対する、これが先師の教えです。これは、ただ単に「重荷をおろしなさい」ということではありません。自己のネガティブな側面は、ある意味では大変なエネルギーを蔵しています。仏の現前で懺悔することによって―仏の赦しのもとで、それが自己の一部であることを認めます。ささいなことであっても、それを事実として認めていきます。
それによって、「破壊」から「創造」へのエネルギーの転換が起こります。あなたは新たな出発―新たな生命のほとばしりを感じることができる。

懺悔とは、大きな創造力をもっているのです。「破壊」と「創造」―その選択の鍵は、私たち一人ひとりの手の中にあります。


2002.09お彼岸

秋のお彼岸がやってまいりました。

夏のお盆はご先祖を家にお迎えして、供養して差し上げる行事でした。お盆に対してお彼岸は、お墓参り、お寺参りが主になります。

「彼岸」は、「此岸(しがん)」に対する言葉です。つまりこちら側の世界―煩悩や苦しみに満ち、さまざまな境遇に翻弄されながら生きている私たちの世界に対する「彼方(かなた)の世界」。西方彼方にある極楽浄土に思いを致し、先に逝かれたご先祖を偲ぶのに適した日が、太陽がちょうど真西に沈むこのお彼岸です。秋分の日をはさんだ前後それぞれ三日間、計七日間がお彼岸の期間とされています。

お墓参りといえば、この頃よくご相談を受けるのが、お墓の継承の問題です。「あと継ぎがいないがどうすればよいか」、「永代供養について教えて欲しい」、「お墓の継承をめぐって兄弟間の意見が食い違っている」、「自分の代まではなんとかお墓を守るが、子どもに苦労させたくない」、「夫と同じ墓には入りたくない」…等々。即答できるものもありますが、やはり当事者間の話し合いが必要ですね、というケースも多いのです。

せっかくのお墓参り、いい気持ちでお参りしていただきたいなあと願いながら、こうしたご相談にのっています。


2002.08お 盆

今年のお盆はいかがでしたか。

お盆は『盂蘭盆経(うらぼんきょう)』というお経に由来する仏教行事です。

この盂蘭盆経の主役は、お釈迦さまの高弟である目連尊者。目連尊者のお母さまがどうしたことか餓鬼の世界に堕ちて苦しんでいる。目連尊者はそれを知り、お釈迦さまに助けを求めます。そのときお釈迦さまに示された教えに従い、目連尊者は雨期の修行期間が明ける7月15日、修行僧たちに飮食を施します。そして、その功徳によってお母さまが救われた、という物語です。

日本では7月あるいは8月の3日間ないし4日間、この行事が行われています。故郷に帰り、お墓参りをする、お寺にお参りする、お坊さんに来ていただいてお盆のお経を上げてもらう…。盂蘭盆経にある通り、この行事は親孝行や先祖供養が中心テーマです。また、夏の風物、家族そろっての行事、という面もあります。

さて、「お盆」と聞いても、
「気持ちはあるけど、なかなかねえ…」
という方もおられるはず。伝統的な精霊棚の飾り方や、地域の決まりごと、というのもあるでしょうが、おできになる範囲でいいのです。大切なことはこういうことです。

さまざまな人間関係の中で今日を生きる私たち―その自分自身の心の内をのぞいて見ると、現在関わりをもっている人たちばかりでなく、すでに逝かれた身近な方々がそこにしっかり生きている、あるいは大きく影響していることに気づかれるでしょう。ふとしたときのしぐさが親によく似ていたり、ものの考え方、心の構え方を受け継いでいる(親のやり方の逆をいく、という場合もあるでしょう)―それが私たちです。ですから逝かれた方々にあたたかい供養の心を手向けるということは、私たち自身をやさしく見つめ直す、ということでもあるのです。

年に一度のこの機会。お盆の行事の伝統的な形式を借りて、逝かれた方々を私たちの心にお迎えし、おもてなしする。いかがでしょうか。ただ心で思うのと、かたちに表わすのとでは、自ずと印象が違います。お飾り(近所のスーパー、花屋さんでも手に入ります)やお供え、迎え火・送り火、お墓参りなど、できる範囲で結構です。来年は(来年も)どうぞなさってみて下さい。