コラム倉庫 2007〜08年分(平成19〜20年)


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受容、ということ (2008.12) まだ10代の頃、友人を亡くしました。その晩、アルバイトの帰りに彼の家に寄ろうと思い、電話をかけま...
死を迎える (2008.11) ある弟子が、師に質問しました。「わが尊敬する師よ。ひとつ質問があります。今まさに亡くなろうとして...
阿弥陀経の物語〈下〉(全2回) (2008.10) ...《前月より続きます》「阿弥陀仏の放つ光は、特別なものだ。それは、あなたの心の隅々にまで届く...
阿弥陀経の物語〈上〉(全2回) (2008.09) その日は、穏やかに晴れた素晴らしいお天気でした。暑すぎることもなく、爽やかな風がそよぎわたってい...
アーナンダの物語 (2008.08) お釈迦さまのお弟子の一人に、アーナンダという人がいます。ある晩のこと、アーナンダは一人で森の中を...
法人設立 (2008.07) お寺は、ゆったりとした時間が流れるところ─ではありますが、それでも、おりおりにテーマをもって取り...
微笑みをおくる(和顔施=わげんせ) (2008.06) 寺の近くを川が流れています。ある朝、川端を歩いておりますと、橋の上に初老の男性が見えます。橋の欄...
身体はよく知っている (2008.05) 私ごとですが、昨年の4月に右足首を骨折しました。思いもよらぬギプス生活となり、しばらく不自由をし...
釈尊のご誕生 (2008.04) もし仏教が地球上に広まらなかったならば、人類のもつ豊かさは確実に半減したことでしょう。意識の深み...
彼岸はいずこに (2008.03) 彼岸とは、彼の岸─覚りの世界のことです。それに対する言葉は此岸、つまり迷いと苦しみに満ちたこちら...
にごりすむこと、定めなければ (2008.02) 池の水 人の心に似たりけりにごりすむこと 定めなければ法然上人の御歌です。私たちは、生身の肉体を...
新年─仏心とは、大慈悲これなり (2008.01) 新年を迎えました。今年もひととき、ひとときを大切に過ごしてゆきたいと思っております。どうぞ宜しく...
「苦」の教え (2007.12) お釈迦さまは「苦についての真理」からそのみ教えを説きおこされました。存在はすべて、河のように流れ...
廻向発願心(えこうほつがんしん) (2007.11) (今回のコラムは、平成19年 (2007年) 7月および8月のコラムの続きです)「かの仏の国に生...
ご遺族と共にあるということ (2007.10) 寺の住職をしておりますと、葬儀の導師をつとめる機会がしばしばあります。ときに、たいへん若い方をお...
秋彼岸 (2007.09) 彼岸といえば、そこは先祖の精霊たちが憩う安らかな世界です。此岸(しがん)にいる私たちは、彼岸を想...
深心(じんしん) (2007.08) 「かの仏の国に生まれようと願う者は、三つの心を発(おこ)すべきである。」先月は、一番目の至誠心(...
至誠心(しじょうしん) (2007.07) 「かの仏の国に生まれようと願う者は、三つの心を発(おこ)すべきである。」お釈迦さまの教えにこうあ...
生命ありがたし (2007.06) 今月も、『法句経』の中からよく知られた教えをご紹介いたします。「やがて死すべきものの、いま生命あ...
お寺の掲示板 (2007.05) 新しくお寺ができたとき、山門の脇に掲示板を作ってもらいました。「お念仏の会」の案内や、宗門から送...
花まつり (2007.04) 4月8日は、お釈迦さまが誕生された日とされています。これをお祝いするのが花まつりです。他にも「仏...
念仏する心 (2007.03) 私どもは日頃「なむあみだぶ なむあみだぶ…」とお念仏しておりおますが、はたしてどういう気持ちでお...
ある冬の日に (2007.02) 昨年の暮れのことです。血縁にあたる大切な人が、45歳の若さで目を瞑り、彼の国へと旅立ちました。臨...
迎春 (2007.01) かの仏の御名をお称えいたします。新年を迎えました。この冬は落葉が遅く、今でもはらはらと舞い落ちる...



 一気読みコーナー 
※時間の逆順になっています(新しいものほど上)

2008.12受容、ということ

まだ10代の頃、友人を亡くしました。
その晩、アルバイトの帰りに彼の家に寄ろうと思い、
電話をかけました。当人は出かけていて、今夜は遅くなる、とのこと。
日を改めよう、と、その日は真っすぐに帰宅しました。
翌朝、電話が鳴りました(共通の友人からだったと思います)。
「昨日の晩、Kと一緒だったか。」
「いや。留守だったので会えなかった。」
「夜中に、事故にあったらしい。」
鉄道の事故で、即死でした。

翌日の午後、戻ってきた遺体。
「変わり果てた」という言葉以上にあてはまる形容はありませんでした。

この出来事は、私が仏門に入ったことと無関係ではありません。
とても人間臭い、真面目で明るくて気のいい男でした。
「他人を思いやるってことと、自分に正直であるってことは両立するのかな。」
何度か、真面目な顔で聞いてきました。
質問というより、自問していたのでしょう。

先年、久方ぶりに彼の自宅を訪ね、お参りしてきました。
ご家族はご健在で、私の顔を見て喜んで下さいました。
友人の話になると、まるでその頃に帰ったような気持ちになりました。

年を重ねられたお母さんは、こう言われました。
「家族の死を受け入れる、という言葉がありますよね。」
「…ええ。」
「あれは嘘ですね。」
「え?」
「受け入れる、ってそんな簡単なことではない。」
「……そうですね。」
「私には受け入れられません。
この先も、それはないと思う。」

友人の死から30年近く経っているわけですが、
はっきりとそう言われました。

受け入れない、ということによって、
そのことに立ち向かう…
そのような生き方がある、と私は知りました。

※本年も当サイトをご覧頂き、まことに有難うございました。
来年も宜しくお願いいたします。


2008.11死を迎える

ある弟子が、師に質問しました。
「わが尊敬する師よ。ひとつ質問があります。
今まさに亡くなろうとしている人、最後のときを迎えようとしている人にとって、どういう助言が役に立つでしょうか。」

師はゆっくりと眼を閉じ、そこに沈黙の時間が流れます。弟子は、いつものように、ただじっと待ちました。
しばらくして、師はゆっくりと眼を開きました。

「生命の終わりは、自然にやってくる。それはこの人生を卒業することなのだ。
それは恐ろしいことでも、また醜いことでもない。輝かしいことなのだ…ちょうど学校を卒業するように。
学んだ仲間たちと同時に卒業するわけではない。そこが学校の場合と違っている。
人生の卒業は、一人一人別々だ。だから、寂しかったり、不安であったり、怖かったりするかもしれない。だが、すべての人がいつかこの卒業の時を迎える。それが生命の大きな流れなのだ。
この、生命の大きな流れの中で私たちは生まれ、生きてきた。人生の卒業に際しても、この『大いなる流れ』を信頼し、そのプロセスに身を委ねられるように、輝かしいそのときを迎えられるように…
もし亡くなろうとしている人がいるならば、そのように助けて上げなさい。」
弟子は、師の言葉をひとつひとつ、心の内にしまうように聞いていました。
しばらくして、こう尋ねます。
「よく分かりました。それでは、具体的にはどういうふうに助言したらよいでしょう。」
師は答えました。
「もしその人が、何らかの宗教を信仰しているなら、その教えを思い出させて上げなさい。こう言ってやるのだ。
『あなたが熱心に信仰や修行をしていたときのことを思い起こしてごらんなさい。神や仏の近くにいると感じることができた、そのような瞬間がありましたか。そのときのことを、ありありと想い描いてごらんなさい。』
あるいは、その人に馴染みのあるお寺、神社、教会や仏像仏壇等のことを話題にして、思い出させて上げなさい。『今、私たちがいるこの部屋が、あの宗教的な空間だ、と想像してごらんなさい』と言ってやるのだ。これまでの信仰の功徳をもって、心清らかに旅立ちを迎えることができるよう、共に祈ってあげなさい。
そして…もしその人が特に信仰をもっていないなら、こう言って上げなさい。」

師は、いったん遠くの方を見るような眼をして、視線を弟子の顔に戻しました。やさしい口調で、まるでその弟子が亡くなろうとしている本人であるかのように話し出しました。

「今はとても大切な時だ。この貴重な時間を大事にしよう。
これまであなたの人生は、たくさんの人たちによって支えられてきたね。あなたの方が面倒を見てあげた、と思う人も中にはいるかもしれない。だがそういう人々でさえ、『関わりをもつ』ということによってあなたを支えてきたのではないかね。
そうなのだ。あなたを支えてきた人たち、あなたにとって、最も身近な、大切な人たちにこう言おう。
『どうもありがとう』

次に、あなたはこの人生において、意識的に、またそうとは意識せずに、多くの人たちを傷つけてきた。また、ひとさまの貴重な時間を奪い、煩わせてきた。
『いいえ、私は自分を厳しく律して生きてきました。人さまの迷惑になるようなことは何もしておりません。』
そう思うかね。
もしそうだとしたら、まさにその自分自身に対する厳しい態度そのものが、周囲の人たちの心に疎外感を与えてきたはずだ。あなたのその強い態度の陰で、寂しい思いをした人も多いに違いない。
だから、あなたにとって大切な人たちにこう言おう。
私は、あなたに迷惑をかけてきました。
『本当にごめんなさい』
ひとたび心から謝れば、それで終わりだ。
罪悪感を引きずってはいけない。

『ありがとう』『ごめんなさい』が言えたなら、準備は整った。大切な人たちに別れを告げよう。
『さようなら』と言おう。
財産だとか、名誉だとか、もし人間以外のものごとが思い浮かぶなら、『私はもう充分によくやった』と自分自身を讃え、それらに「さようなら」と言おう。

いよいよ自分の身体が弱ってきたならば、自分の身体に対しても、
これまで本当に『ありがとう』、
充分にいたわってやることができず、『ごめんなさい』
そして、『さようなら』
と言おう。

さて、これから先は、自分自身はあてにはできない。家族も、医者も頼りにならない。
頼りになるのは生死を超えた存在、みほとけの導きだ。
『われを導きたまえ、なむあみだぶつ』
と言いなさい。
仏教のことなど何も分からなくても大丈夫だ。あなたは最良の導きを得るであろう。

だから今、あなたに大切なのは、この4つの言葉だ
ありがとう
ごめんなさい
さようなら
なむあみだぶつ

次のように声に出して言いなさい。あるいは声に出したつもりになって、心のなかで言いなさい。

大切な人たちよ、これまで本当にありがとう。
どうか私を許したまえ。本当にごめんなさい。
私は間もなく旅立ってゆきます。さようなら。
ほとけ、われを導きたまえ。なむあみだぶつ。

あなたはこれまでの人生に心から感謝し、今、旅立つことができる。」

こう話すと、師は口を閉じ、ふたたび沈黙が流れ出しました。
いつの間にか西に傾いた太陽が部屋の中に差し込み、二人の横顔を照らしています。

《了》


2008.10阿弥陀経の物語〈下〉(全2回)

...《前月より続きます》

「阿弥陀仏の放つ光は、特別なものだ。それは、あなたの心の隅々にまで届く。あなたという存在のすべてを貫き通す。あなたの秘密、誰にも知られたくないようなこと、あなた自身もすっかり忘れているようなこともすべて、まばゆい光のなかに照らし出すことになるのだ。阿弥陀仏という仏は、文字通りあなたのすべてを隅から隅まで理解した上で、なお救いの手を差し延べてくれている。
あなたにできることは、阿弥陀仏に手を合わせ、心のすべてを差し出して、任せきること。それだけだ。
ごく一部の人々は、まだ生きている間に阿弥陀仏の姿や、極楽世界のようすを見ることがある。だが、それはめったに起こらない。極めてまれなことだ。これを経験した人は、阿弥陀仏や極楽世界が現実のものであることをよく知っている。
極楽世界に入るのは、この身体の寿命が尽きたときだ。そのために今、なすべきことがある。それは、極楽世界に入ることを願い、かの仏、阿弥陀仏の名前を称えることだ。 一日に1度、また2度、3度、あるいは気がついたときは常にこのことを思い出しなさい。阿弥陀仏に手を合わせ、『なむあみだぶつ』と称えなさい。阿弥陀仏があなたのすべてを知り、理解し、大いなる慈悲の心をもって導いて下さることは、すでに動かない真実だ。深い信頼の心をもって、『なむあみだぶつ』と称え続けなさい。あなたがたはすぐに忘れてしまうだろう。だから、一日のうちで何度でもこのことを思い出し、念仏を称えなさい。いつか、分かる日が来るだろう。自分の人生の真実の瞬間は、阿弥陀仏に向き合って、念仏を称えていたときだった、そのときだけだった、と。」

お釈迦さまはここまで話されると、視線を伏せて、沈黙に入られました。

ある人が立ち上がり、質問をしました。
─念仏を重ねてゆくことで、極楽に近づくのでしょうか。どのくらい称えれば良いのでしょうか。
「阿弥陀仏の力で創られた世界に、阿弥陀仏の力で導かれる。あなたがたの側ですることは何もない。ただ念仏を称えること。そして待つことだ。他にはない。念仏せよ、必ず救いとろう、というのは阿弥陀仏の約束だ。だから、念仏は修行ですらない。修行であれば、時とともにより高い境地に進んでゆくこともあるだろう。だが念仏は、今日初めて称えた人の念仏も、何十年も称え続けた人の念仏も、その功徳は等しい。同じことなのだ。なぜなら、念仏は『わが名を称えよ。必ず導こう』という阿弥陀仏の呼びかけに対して『はい、み心のままにいたします、なむあみだぶつ』と言うことなのだから。この『はい』という応答に、深い浅いはない。1日も、30年も関係ない。応えるか、応えないか、しかない。だからして、ただ一回の念仏でも、極楽世界に往くことができる─そう心得た上で、毎日たくさんの念仏を重ねなさい。」
─臨終のときに心が乱れていると、極楽へ往くことができないのでしょうか。
「ふだん念仏を称えるものは、臨終のときに心が乱れることはまずない。なぜならば、ふだん称えている念仏に応えて、阿弥陀仏が姿を現されるからだ。阿弥陀仏のお姿に触れることほど、あなたを安心させるものはない。
仮に心が乱れていたとしても、すぐに落ち着くであろう。あなたは、ふだん称える念仏によって、阿弥陀仏に導かれ、極楽世界へ往くことができるのだ。臨終のときには念仏を称えたくとも声が出ない、あるいは呼吸が弱くなることもある。意識が薄くなり、すべて忘れてしまうこともある。それでも、ふだん念仏を重ねていれば、必ず阿弥陀仏がまばゆい光とともに姿を現されるであろう。」

別の人々からも質問が出ます。
─極楽世界は、私たちの心の中にある世界なのでしょうか。それとも、心の外にある世界なのでしょうか。
「極楽世界は、あなたがたの心の中にある、と考えてはならない。自分の心を清らかにしてゆくことで、極楽世界に近づく、と思うべきではない。さっき話したように、その世界は阿弥陀仏の心の力によって創られた世界なのだ。あなたがたの心の力をもってたどり着くことができる世界ではない。そこには大いなる隔たりがあるのだ。ゆえに、『彼の世界は西方はるかかなたにある』といわれる。そこは、かの仏の力によってのみ、導かれ往く世界なのだ。」
─私たちがこれまで学んできたことや、修行してきたことと、この極楽世界の教えは、どのように関連しているのでしょうか。
「あなたがたはこれまで仏教、わたしの教えをいくらか学んできた。だが、今、この極楽の教えを聞いた。この教えに入ってゆくときは、あなたがたが学んできたことはすべて脇に置いておきなさい。『私は仏教についていくらか知っている』と思ってはならない。私は何も知らない、このように考えて、阿弥陀仏にすべてをあずけなさい。」
─かの仏は、なぜ阿弥陀仏と呼ばれるのですか。
「『あみだ』は、ア・ミタつまり、量ることができない、量り知れない、限りない、という意味だ。彼の仏の放つ光は、あらゆる世界をくまなく照らし、あなたの心の奥底まで貫き通す。限りない光を放つ仏、ゆえに阿弥陀仏と呼ばれる。そして、彼の仏の身体は心の修行によって生まれた身体であり、両親から生まれた生身の身体ではない。阿弥陀仏の身体は死ぬことがない。限りない命をもつ仏、ゆえに阿弥陀と呼ばれるのだ。」
─極楽に生まれると、どうなるのでしょうか。
「ひとたびかの国に生まれると、彼の国にいる無数の清らかな修行者たちの仲間入りをすることになる。彼らは皆、仏になることが定まっていて、その境地が後退することがない。あなたがたは、先に極楽に生まれた人たちと再会することができる。それだけではない。彼らは皆、すでに清らかな境地を得ているので、この再会の歓びは、言葉では言い表せないほど素晴らしいものになるのだ。
彼らは皆、あなたがたを歓び迎え、この世ではかなわなかった清らかな修行の道へと、あなたがたを誘(いざな)うのだ。」

「質問はもう良いかな。では今日の話はこのくらいにしよう。
人の命は長いようで短いものだ。この極楽世界の教えに出会うこともまた、まれなことだ。
あなたがたはこの教えをすでに聞いた。この上なく尊く美しき世界、極楽国土に往くことを願い、阿弥陀仏の力をたよりとして、念仏に励むがよい。これがわが教えである。」

このようにお釈迦さまがお話を終えられると、集まっていた人々は皆、歓びにあふれ、深く感謝しながら礼拝をしたのち、その場を立ち去った、ということです。《了》


2008.09阿弥陀経の物語〈上〉(全2回)

その日は、穏やかに晴れた素晴らしいお天気でした。
暑すぎることもなく、爽やかな風がそよぎわたっています。林は豊かな緑に輝き、小鳥たちもそこかしこで歓びの歌を歌っています。
今日は、私たちのお釈迦さまが特別なお話をなさる、ということです。高弟の方々をはじめ、たくさんの人々が集まっています。優に1000人は越えるでしょう。そうそう、ご案内が遅れましたが、ここはインド、コーサラ国の都にある「祇園精舎」という名前の大きなお寺です。

お釈迦さまはすでに壇上に登られ、ゆったりとした大きな台の上に、両足を組んで坐っておられます。お顔の輝きはふだんにもまさり、その焔のような明るさは太陽や月をもしのぐのではないか、と思われました。
お釈迦さまは、優しい微笑みをたたえ、集まった人々に目を向けられました。すぐそばに坐っている舎利弗さまや目連さまを見つめ、また遠くに見えるお弟子や信者の方々を眺めながら、しばし沈黙しておられます。
一同は、ワクワクしながらお釈迦さまがご説法を始められるのを待っておりました。やがてお釈迦さまは口を開かれ、力強い、深みのあるあのお声が響き渡りました。

「皆、わたしの顔を見るがよい。わたしの顔は、ふだんにも増して光り輝いているであろう。
わたしは今、歓びにあふれているのだ。なぜなら、今日は浄土の教えについて話すつもりだからだ。」
このように前置きをされると、お釈迦さまはすぐに本題に入られました。
「ここから西の方、はるか彼方に、極楽国と呼ばれる世界がある。そこには阿弥陀仏という名前の仏がおられ、いつでもあなた方に救いの手を差し延べられているのだ。
かの世界には苦しみがなく、人々はただただ安楽のうちに、修行を楽しんでいる。ゆえに、この上ない楽しみ、極楽と呼ばれている。
この極楽世界には、信じられないほどの美しさがあふれている。今は、この祇園精舎にある樹々も豊かな緑を湛えているが、かの世界に並ぶ樹々の美しさといったら、これとはまったく比べものにならない。極楽に茂っている樹々は、みな色彩豊かな宝石の輝きを放っているのだ。池にある蓮華も色とりどりの巨大な花を咲かせ、新鮮さとともに、悠久の時の流れを湛えている。
実のところ、わたしたちのこの世界でも、樹々は神聖さに輝いている。草原や、岩や小石でさえ神聖さに満ちている。だが、それを感じとることができるのは、目覚めた人々だけだ。覚りをひらいたごくわずかな人々…。
極楽世界はそうではない。樹々も、大地も…すべてが初めから神聖さに輝いている。豊かな宝石の輝きに満ちている。いまだ目覚めていない者でも、その美しさに圧倒されてしまうことだろう。」

お釈迦さまがそこまで話されたとき、一羽の鳥の鋭い鳴き声が、そのお声をさえぎりました。うつむいて話を聴いていた人たちも、ハッと顔を上げてしてお釈迦さまのお顔を注視します。お釈迦さまは、半ば目を閉じられ、鳥の声の残響が完全に消えゆくまで、ゆっくり味わうように耳を傾けられると、口を開かれました。
「かの世界にも、あのような鳥たちがいる。だが、その声の素晴らしさといえば、まるで覚れる人たちの説法を聴いているようだ。鳥の声に言葉はない。だが、その声、そのハーモニーがあなたの中にしみ通ると、それだけであなた方に清らかな目覚めを呼び覚ますのだ。

さて、かの世界はいかにして創られたのであろうか。それは、私たちの住んでいる世界のように、自然が創造したものではない。今、この生身の手で触れたり、また肉眼で誰もが見ることができるような世界ではないのだ。
また一方、極楽国は私たちが心で思い描く、夢のような世界でもない。私たちが自分の心の中に極楽世界を持っているならば、それは一人一人別のもの、ということになってしまう。そうではなく、極楽は、かの阿弥陀仏がその心の力で創られた世界なのだ。
心の力で創られた世界であるゆえ、手で触れたり、皆の前で『これがその世界です』と言ってみせたりすることはできない。また、『心の力』といってもそれはあなた方の心とは違う。すでに覚りをひらかれた仏の心の力なのだ。だから、それは想像を超えた現実の世界だ。その場所は、言い伝えでは、『ここから西の方角、十万億の仏土を過ぎたところにある』と表現されている。
阿弥陀仏という仏も、私たちのように、両親から生まれた生身の身体をしているわけではない。修行の結果、心の力によって創られた身体をもっているのだ。この身体は生身ではないので、死ぬことがない。そして、この身体は言葉では表わしようのない光、巨大な爆発が起こったような光明に輝いている。

この阿弥陀仏という仏は、世にも稀なる仏だ。覚りをめざして修行するものは星の数ほどいる。実際に覚りを開き仏となった者も、その数は知れない。だが、まったく覚りからかけ離れた人々をも、必ず道の終点まで導こう、と決意した仏はただ一人、阿弥陀仏だけだ。自分自身のことであれば、道を歩む上で最善を尽くすこともできる。だが、他人を導くこと、それもまったく仏教の素養をもたない人を導くことはこの上もなく難しい。それをなしとげた仏は、この阿弥陀仏をおいて他にはいない。わたし自身も覚りを得たが、未だ阿弥陀仏のように存在するには至っていないのだ。

...《次回に続きます》

2008.08アーナンダの物語

お釈迦さまのお弟子の一人に、アーナンダという人がいます。
ある晩のこと、アーナンダは一人で森の中を歩いておりました。しばしば歩く道でしたが、たよりは星明かりだけですから、たいそう心細く感じておりました。
すると突然、バサッという音がして、前方に怪しい気配がします。よく見ると、アーナンダが歩いてゆこうとする方向に、何やら人間に似た生きものがいるではありませんか。髪の毛はボサボサ、手や足は、小枝のようにやせ細っていて、先端には長い爪が生えています。目のギョロッとした、まことに気味の悪い顔つきをしています。が、よく見ると親しげな微笑みを浮かべています。どうしてそこまで分かったかといいますと、この怪物は、口から絶えず青白い焔を出しているので、その光のせいで顔の表情までよく見えるのでした。
アーナンダは、あまりにも突然のことに、呆然と立ちすくんでしまいました。
すると、その怪物が口を開きます。
「アーナンダよ、どうしたのだ。そんなに驚かなくてもいいじゃないか。
俺は、おまえの心が生み出した生きものなのだ。一つ尋ねるが、お前は、つね日頃、食べもののことばかり考えておるだろう。」
アーナンダは答えました。
「私たち修行者は、決められた時間に食事をすることになっています。托鉢で頂いた一日分の食事を食べるだけで、あとの時間は修行に費やしているのです。」
「そんなことは分かっておるわい。わしの言っているのは、お前は托鉢に出かける前には『今日は充分な食べものを得られるだろうか』と心配しているだろう。食事が済んだあとも、『明日の食べものは大丈夫だろうか。何も食べられない、なんていうことにならないだろうか』と気に病んでおる。おまけに、こんなことも考えおるじゃろう。『お釈迦さまは反対なさるだろうが、倉を建てて、食べものを貯蔵しておいた方が、安心して修行に打ち込めるのではなかろうか』とかなんとか…」
「そ、そんなことは考えていない。そんな、お釈迦さまのみ心に反するようなことを私が考えるはずがないだろう。」
「ごまかしたってだめじゃ。最初に言っただろう。わしはお前の心から生まれたのじゃ。お前の心にないものは、わしの中にもないのじゃ。すべてはお見通し─そうそう、一つ忠告しておこう。お前のこの世の命が尽きるとき、そのときも今のように食べもののことばかり考えておるようじゃったら、お前は、次は飢えと渇きに苦しむ世界に生まれ変わることになるぞ。この世の最後に人の心をとらえるものが、のちに生まれ変わる世界を決めるのじゃ。そうじゃな、例えば夜、眠りにつく前に何か考えごとをしていたら、翌朝も一番にそのことが思い浮かんでくることがあるじゃろう。それと同じじゃ。あれが食べたい、これが食べられなかったらどうしよう、と食べもののことばかり考えて命を終えたら、飢えと渇きの世界で苦しむことになるのじゃ。それからもう一つ。お前のこの世における寿命は、あと3日だけじゃ。」
それだけ言うと、怪物は煙のように空気のなかに散って、消えてしまいました。

アーナンダは、すっかり考え込んでしまいます。なるほど、怪物の言っていたことも、まんざらでたらめではない。自分に対して正直になるならば、食べものへの執着は確かにとても強いものがある。倉を建てて食べものを保管しておいたらどうか、と思うこともあった。だが、私があと3日で死ぬなんて、そんなことがあるだろうか。身体の調子はとても良いのだが。でも、待てよ、お釈迦さまがいつも言われているように、死というものは突然やってくる。いつなんどき、何があるかわからないぞ。もし、飢えと乾きの世界が私を待っているとしたら、これまでの修行はすべて無駄になってしまう。ここは一つ、お釈迦さまのご指導を仰ぐことにしよう。

アーナンダは、お釈迦さまのもとに駆けつけました。
「お釈迦さま。かくかくしかじかのことがございました。私の心の中に食べものへの強い執着があるのは本当なのです。私はいかにすればよいのでしょうか。なにとぞご指導をお願いいたします。」
お釈迦さまは静かに、そしてかすかに微笑まれました。
「アーナンダよ、よく聞きなさい。そなたの肉体には食欲が起こる。それは自然なことだ。何も責められるべきところはない。食欲が起こり、食べることによって生命が保たれる。食欲は修行の敵であるとみて、極端な断食を行なうことは、自然ではない。私も若い時分にそのような修行を行なったが、それは自然に反するのであって、正しい道ではない、と悟った。また一方、食欲に溺れて、美味しいものを次から次へと追い求めたり、好物がいつでも好きなだけ食べられるようにしておく、というのも自然に反している。私の教えは『中道─真ん中の道を歩め』、つまりバランスが大切、というものだ。苦行に偏ったり、反対にものごとに溺れてしまったり、という両方の極端な態度をさけることによって、調和ある道を歩むことができるのだ。」
「それではお釈迦さま、私の心の底にあるこの執着を、どのように扱えばよいのでしょうか。」
「それに直接取り組もうとしないほうがよい。むしろ、方向を変えなさい。そなたと同じように、食べることへの執着にとらわれている者が大勢いるのだ。彼らに奉仕しなさい。食べものをたくさん集めて、かれらに供養しなさい。かれらの食欲を充分に満たしてあげなさい。とっておく、ということよりも、与えてゆくことを学びなさい。」
「分かりました。そのようにいたしたいと思います。しかし、私一人の力はわずかなものです。食べものをたくさん集めて、無数の者たちに供養する─そのような大それたことが、どうしてこの私にできましょうか。」
「心配せずともよい。わたしがそなたに力を授けよう。それは、ある真言だ。このように唱えなさい。
『帰命いたします、一切の如来と観音菩薩に。オーン、養いたまえ、養い満たしたまえ、フーン』
如来と観音菩薩を愛し敬う心がしっかりしていれば、それで充分だ。この真言を唱えれば、あとは何も心配いらない。そなたは充分すぎるほど多くの食べものを得られるであろう。」
アーナンダは、お釈迦さまのお言葉を一つひとつ胸に刻み付けるように聞いていました。少し間を置いて、再び尋ねます。
「飢えと渇きに苦しんでいる者たちに奉仕せよ、というみ教えは分かりました。彼らに供養することによって、私の執着心も和らいでゆくことでしょう。しかし、この真言によって、本当に尽きることなく食べものが得られるのでしょうか。もう食べものの心配はなくなるのでしょうか。」
お釈迦さまは、眉間に少ししわをお寄せになりました。
「アーナンダよ、まだ分からないかね。実際にはそれらはすでに、そなたに与えられているのだ。そなたがここにいる、ということ自体が、この世界の豊かさの現われなのだから。いいかな、よく考えてみなさい。そなたは昨日食べたもの、今日食べたものが自分を養ってくれている、と思っている。だが実際はそうではない。そなたの両親たち、先祖たちは計り知れないほど多くの食料を食べてきた。そればかりではない、大地や太陽の光、水や、着るものに住まうところ、樹々は豊かな緑に輝き、花々は見事に咲きあふれている─すでに、有り余るほどの豊かさがあって、その結果が、そなたという存在なのだ。それに気づきなさい。もう一度言おう。この世界には、すでに有り余るほどの豊かさがあり、その結果が、そなたという存在なのだ。
ゆえに、そなたがもの惜しみの心を起こして、何かを握りしめようとすれば、豊かさはそなたから逃げてゆくであろう。握りこぶしから空気が逃げてゆくように。だが、そなたが手放しになり、すべてに対して自分自身を開いてゆくならば、ありとあらゆる豊かさが手に入るのだ。人々に供養することも自然にできるであろう。」
お釈迦さまはこのように言われると、両手をもとのように組み、目を半ば閉じて、沈黙に入ってゆかれました。
アーナンダは深く礼拝をして、その場から離れました。

その後、アーナンダは大きな供養の集まりを開き、「あと3日」といわれた寿命も長く長く延ばすことができたそうです。


2008.07法人設立

お寺は、ゆったりとした時間が流れるところ─
ではありますが、それでも、おりおりにテーマをもって取り組んでゆくこともあります。

三年前、平成17年度のテーマは「新しい寺を建立する」でした。
18年は「開山落慶法要」。
19年は「写経会を始める」。
そして本年、平成20年度のテーマは─「宗教法人の設立」です。
これまで、林海庵は浄土宗の一寺院ではありましたが、宗教法人法に基づく宗教法人ではありませんでした。小さいお寺ながら、社会の中で安定した居場所をもち、次代、次々代へとお寺が続いてゆくためには、この「宗教法人化」というステップが大切になってまいります。具体的には、宗教法人としての『寺院規則』を定めて、それを所轄の都道府県知事に認証して頂く、という手続きになります。
ところが、他にもたくさんの書類が必要でして、これをそろえるのがなかなかの大仕事。慣れている方ならともかく、初めての者にとっては骨の折れる仕事です。
「いや、こういったことは初めてなので、よく分からなくて…」
仏事のご相談にのるときによく耳にする言葉ですが、今度は自分の番、というわけです。

その諸々の手続きのひとつが、宗教法人法に定められた「公告」です。
(この公告文の原本と規則案全文は、規則に定めた公告の場所─お寺の掲示板に出してあります。)


2008.06微笑みをおくる(和顔施=わげんせ)

寺の近くを川が流れています。
ある朝、川端を歩いておりますと、橋の上に初老の男性が見えます。
橋の欄干に上半身を預けて、川の流れを眺めておられます。ちょうど雨のあとで、水量は豊かでした。朝の陽光は川底まで届き、水面を美しく輝かせています。
が、その男性は眺めを楽しんでいる、というよりも、いくぶん虚ろな表情をしておられました。身体全体も生気がないようですし、身を乗り出し過ぎているようにも見えます。ちょっと気になりましたので、歩みのペースを落としながらさりげなく様子を見ておりました。
するとその橋の上へ、犬を連れた中年の男性が通りかかりました。先の男性を見て、やはり少し気になられたようでした。散歩の足を止めて、(2、3秒の間でしたが)近くからじっと様子を見ています。
初老の男性は視線を感じたようで、ふと我にかえったように欄干から身を引き離しました。
しばらくすると二人の男性(と一匹の犬)は、無言のまま反対方向に歩き出しました。私も歩みを元に戻します。

何ごともなかった、と言えばなかったのです─。ただ、このふとした出来事をきっかけに、「ちょっと気になる」ということが、場合によっては大きな意味を持つこともあるなあ、と思い巡らせました。
考えてみると怖いことです。「ちょっと気になる」―つまりちょっとした気づかいの視線が人を救うこともあり得ますし、ということは逆に考えると冷たい視線や無関心の態度が、深く人を傷つけることもあり得る、ということになります。
折に触れ、ちょっとした微笑みをおくること─その大切さは、いくら強調しても足りないほどです。相手が人間であっても、動物や自然であっても、また特にこれといった対象がなくとも…それによって豊かな心を得るのは自分自身ですが、ひょっとすると誰かの命を救うこともあるかもしれません。


2008.05身体はよく知っている

私ごとですが、昨年の4月に右足首を骨折しました。思いもよらぬギプス生活となり、しばらく不自由をしておりました。
あるときのこと、ふと目を閉じて骨折した右足首に意識を向けてみますと、大きな手でしっかりと足首をつかまれているような感じがします。さらに、「何か自分に伝えてくれることがあるかなあ」というふうに、その「大きな手」に尋ねてみるかのように注意を向けると、
「動くな!」
という声が聞こえる(ような気がしたのです。) なるほど、これは少し休みなさい、じっとしていなさいというメッセージか、と、そう思ったとたん、気が軽くなりました。
だからといって治療期間が短縮されたわけでもないのですが、静養中の心の持ちようが、ずいぶん楽になったものです。

あれから1年が経ち、右足はとうに全快しています。
しかし今年もまた4月に体調を崩し、今度は「気管支炎」と診断されました。体調とともに気分も低空飛行。どうなってしまったのだろう?─お腹がしぼんだような、気の抜けた感じがします。
そんなときに、ふと(また!)気づいたのです。

この3月で、私の「国内開教使」としての任期5年間が満了しました。(「林海庵住職」は引き続き勤めます)
実際の林海庵のスタートは5年よりもう少し前だったのですが、その後に、多くの方々のご尽力で宗門に開教使制度ができて、私は第1期生の1人になった、というわけです。
振り返るとこの5年間、常に「自分は浄土宗の開教使」という意識がありました。大げさにいえば24時間、365日です。宗門等から助成金や貸付金を頂きながらの活動ですから、これは全国の浄土宗寺院、ひいてはその檀信徒の方々から頂いたご支援の上に、今の林海庵が成り立っている、ということを意味します。
そういう張りつめた意識で5年間やって参りましたので、「開教使」という肩書きが取れたとたん、ふっと自分の気が抜けてしまったことに気づきました。調子を崩すのも当たり前です。
「ははあ、なるほどそういうことか。」
そのように自分自身の不調をとらえ直すことができたときに、急に気分が明るくなり、力が湧いてきたのです。
さて、この辺でいったん仕切り直し─これからはどういう気構えでやっていこうか。そのアイデアも、少しずつ浮かび始めました。

脳味噌とは別に、身体の方は独自の知恵をもっているようです。苦を通して、私に大切な気づきを届けてくれています。

先人は、泥中に咲く蓮華を、煩悩の世界から覚りの花を咲かせることに譬えました。 私の場合、覚りにはほど遠いですが、身体からやってくる知恵もまた、大事にしたいと思います。


2008.04釈尊のご誕生

もし仏教が地球上に広まらなかったならば、人類のもつ豊かさは確実に半減したことでしょう。
意識の深みに分け入ろうとする試みも、人間の真の成長についてのヴィジョンも、たいそう貧しいものに留まったでありましょう。
もちろん、多様な仏教文化も生まれなかったはずです。今日の私たちが抱く、平和を希求する心もまた、仏教精神によって明確な基盤を与えられています。
チベットの問題に関心が向くのも、私たちが同じ仏教徒である、という連帯感によるものです。

これらすべては、2500年前の釈尊のご誕生にその源流を発します。
「あなた方は、深く眠ったままである。
人生の苦しみは、それゆえのもの。
目を覚ましなさい。」
こう呼びかけて下さった彼のお方─
そのご誕生をお祝いするのが灌仏会(花まつり)です。

当庵の法要の表白には、次のような主旨の文を読み上げ、読経・お念仏を勤めました。

「…たまたま本師釈迦牟尼仏、世に出で給い、
俗世の王となることを取らずして、
無上菩提を証して三界を引導する大導師となり給う。
今季節は春、釈迦牟尼仏降誕の時にあり、
この思議すべからざる因縁に感謝の心を捧げ、
讃仏の儀、念仏一会をもっていささかわれらが誠信を表す。」


2008.03彼岸はいずこに

彼岸とは、彼の岸─覚りの世界のことです。
それに対する言葉は此岸、つまり迷いと苦しみに満ちたこちら側の世界です。

此の岸と彼の岸は、どのような関係にあるのでしょうか。
此の岸から眺めると、彼岸ははるかかなたです。
それは苦しみから解き放たれた理想の世界であり、生死を超えたところにあります。
その世界について、私たちは昔話などを通じていくぶんかを聞いたことはあるのですが、漠然としてしまって、よく分からない─たぶん川の上に靄(もや)が広がっているので、霞んでしまって向こう岸がよく見えないのでしょう。

一方、彼の岸から眺めると「此岸」はどう見えるのでしょうか。
それはおそらく、川の向こう岸ではありません。
むしろ、「下界」といった方が良いでしょう。
あたかも高層ビルの上階から地上を眺めるようなものです。
遠くにぼんやりと霞んで見えるようなものではなく、眼下にはっきりと見えるような世界です。
現代風に言えば、マイナス1次元(あるいはマイナス2、3次元?)の世界を眺めるような感じでありましょう。

「これより西方、十万億の仏土を過ぎて(一つの)世界あり、名づけて『極楽』という。」(『阿弥陀経』)
とは前者、すなわち煩悩と迷いのさなかにある私たちから、はるか彼方の仏の世界をのぞんだときのことです。
一方、釈尊が
「阿弥陀仏は、ここを去ること遠からざるところにまします。」(『観無量寿経』)
とおっしゃるときには、後者─彼の岸にいくぶん近い立場からのお言葉でありましょう。

いずれにしましても、浄土門は他力門。
「必ず導く」とおっしゃる阿弥陀仏のお約束には、万に一つの間違いもありません。
「遠くて遠からざる」彼岸に想いをいたし、お念仏に励むといたしましょう。


2008.02にごりすむこと、定めなければ

池の水 人の心に似たりけり
にごりすむこと 定めなければ

法然上人の御歌です。

私たちは、生身の肉体をもってこの世にあり、
さまざまな環境の変化に巻き込まれながら生きています。
清らかな心を保つことの、いかに難しいことでしょう。
雨の日も、風の強い日もあり、
暑さ寒さが厳しいときもあって、お天気が思うままにならないように、
心の天気模様も、なかなか思うようには参りません。
明るく、晴れ渡るような心持ちでいたいのは誰しもでしょうが、
いくら頭で望んでも、心はなかなか応じてくれません。
それが現実です。
たよりにならぬわが身わが心だからこそ、
人は限りなきもの、無量なるもの、超越せるものを求めます。


  ○今月の掲示伝道
仏のみ光は、澄んだ水も、濁った水も、常に照らしておられます。
浄土の教えの素晴らしいところは、「心の濁りを清めよ」とは説かずに、
「心は、澄むこともあれば濁ることがある。その身そのままにお念仏を称えなさい」
と説くところです。
お念仏を称えていれば、み光の包摂にもれることはありません。

池の水のごとく変化するわが心を眺めつつ、
お念仏をとなえましょう。
阿弥陀仏のお御足に触れておりましょう。
無量なる光と、覚醒の高みに思いを寄せながら―。


2008.01新年─仏心とは、大慈悲これなり

新年を迎えました。
今年もひととき、ひとときを大切に過ごしてゆきたいと思っております。
どうぞ宜しくお願いいたします。


 玄関のお正月のお花
(草月流・吉良靜香作)
仏教では慈悲の心を大切にします。
「慈」とは、もともと友愛を意味します。相手に歓びや安楽を与え、心を豊かにして差し上げることです。
「悲」とは、相手の痛みに共感し、この苦しみを何とか消し去りたいと願うことです。
素朴な友愛、思いやりの心は、時として人を窮地から救ってくれます。
ちょっとした一言や、笑顔を交わしただけで気分が明るく変わった、という経験は誰にでもあるでしょう。

しかし、私たちの心には「エゴ」というやっかいなものがつきまとっているので、慈悲の心も汚されがちです。
「私はあんなにしてあげたのに…」
「あなたは、こうすればそんなに悩まなくてもよいのに…」
私たちはつい、こう考えてしまいます。
そうしたとき、中心となっているテーマは、「あなたの幸せ」ではなく、「私の満足」です。


 門松―右
(聖蹟桜ヶ丘・草苑作)

仏の慈悲心は、何かもっと根本的に異なるものです。
それは、遥かなる高みから降り注いでくるもの─。
それはまた、遥かなる深みから湧き上がってくるもの─。
それは、私たちを覚りの世界に導こうという大きな心です。

これが、仏の大いなる慈悲の心です。
この大慈悲に包まれて、今年もお念仏を重ねて参りましょう。

「私たちが阿弥陀仏を礼拝すれば、
阿弥陀仏はその姿を見て下さる。


 お寺の掲示板から
私たちが阿弥陀仏の御名をとなえれば、
阿弥陀仏はその声を聞き取って下さる。
私たちが阿弥陀仏を心に念ずれば、
おなじように阿弥陀仏も私たちを念じて下さる。」
(善導大師)


2007.12「苦」の教え

お釈迦さまは「苦についての真理」からそのみ教えを説きおこされました。
存在はすべて、河のように流れている、その流れの中に「私のもの」と固定できるようなものは何もない。しかし私たちは「私が…」「私の…」という執着心に満ちているので、苦しみが消えることはない…。
そこにお釈迦さまは、自ら苦しみを超え、聖なる境地を示されました。

お釈迦さまの「覚り」は、ただ単に一個人の心の内側で起こったこと、ではありません。それは普遍性を持ち、過去現在未来という時の流れを超え、空間を超えて広がっているものです。
「一心に敬って 十方法界に常住する仏を 礼したてまつる」
このお覚りを、この上なく尊いものとして仰ぎ讃え、そこから流れ出る智慧、み教えを「真理」として崇敬することが、私たち仏教徒のありようです。
「一心に敬って 十方法界に常住する法を 礼したてまつる」
そのみ教えの出発点、それが苦についての真理を学ぶことです。言い換えれば、生死流転のただ中に自分がいる、と知ることです。
それは別に、難しい教義を勉強したり、いわゆる「スピリチュアル」な体験をすることではありません。実人生をしっかりと生き、客観的に自分を見つめ、本当の幸せとは何だろう、と考え求め続けてゆくことです。

誠実に人生を歩み、お釈迦さまのみ教えに触れるならば、聖なる境地への願い、聖なる世界への憧れが起こってきます。
しかし、実に不思議なことに、実際にこの憧れ─聖なる世界への渇仰心を追求する人は、決して多くはありません。易行道と言われますように、お念仏の教えは誰にでも開かれています。しかし、現実に極楽浄土=聖なる世界を目指して、その道を歩む人は少ないのです。たとえ一人でも二人でも、この道を大切に歩んで頂きたいと強く思います。

「生死、甚だ厭(いと)いがたく、
仏法、また欣(ねが)いがたし。
ともに金剛の志をおこして、
横に四流を超断すべし。(即座に欲・有・見・無明の四種の煩悩を断ち切るべし)
弥陀界に入らんと願じて、
帰依合掌し、礼したてまつれ」    (善導大師)


2007.11廻向発願心(えこうほつがんしん)

(今回のコラムは、平成19年 (2007年) 7月および8月のコラムの続きです)

「かの仏の国に生まれようと願う者は、三つの心を発(おこ)すべきである。」

今月は、三番目の廻向発願心(えこうほつがんしん)です。

「廻向発願心と申すは、これ別のこころにては候わず。わが所修の行を一向に廻向して、往生を願うこころなり。」(法然上人)

もう少し詳しくいいますと、
「自分が前世や今の人生でおこなってきた善行や、仏教修行の功徳のすべてを想い起こしなさい。
さらに、他の人々が重ねてきた善行や、修行の功徳をも想い起こしなさい。
それらをすべて、自分の心の中に運び入れて、今は極楽往生のための強い願いとして、念仏の行に励みなさい。」
ということです。自分自身や周囲の人々の一切の善なる功徳を、往生の願いにつなげてゆきなさい―
これが廻向発願心です。

至誠心、深心、廻向発願心、と解説めいたことを書いてまいりましたが、詮ずるところ、一に真実の心、二に凡夫往生を深く信ずる心、三に往生を強く願う心…これが念仏者がそなえるべき三つの心(三心―さんじん)です。
法然上人が三心についてまとめて語られている文を以下に載せて、このテーマを締めくくりましょう。


内容とは直接関係しま
せんが、今月の掲示です

  • 「三心は、心から極楽往生を願ってお念仏を称えている人には、おのずとそなわるものである。」
  • 「三心は、その名称すら知らない人にもそなわるものだ。だが、細かくその内容を理解している人の中にも、知的な理解通りにはそなわっていない人もいる。」
  • 「三心が欠けている、と感じたならば、そなわるようにと心を奮い立たせて、お念仏に励みなさい。」
  • 「阿弥陀さまのお約束を頼りとして、ひたすらお念仏を称えなさい。そうすれば、三心は自然にそなわってくるものだ。」
  • 「心に『阿弥陀さま、お救い下さい』と思い、口に『なむあみだぶつ』と称える。これを、三心がそなわった名号という。」


2007.10ご遺族と共にあるということ

寺の住職をしておりますと、葬儀の導師をつとめる機会がしばしばあります。
ときに、たいへん若い方をお送りしなければならないこともあります。これはご遺族にとってはもちろんのことですが、私どもにとってもつらい経験です。「20年生きても80年生きても、仏さまから見れば同じひとつの命」と、言葉では言います。が、訃報を聞いたときに故人のお年に意識が向く僧侶は、私ばかりではないでしょう。
年若い方の葬儀では、導師を勤める私の方もこう自問してしまいます。
「この方が亡くなって、私の方が生きている、というのは一体どういうことだろうか。」
このような状況でご遺族の方々と向き合うのは、ある特殊な体験です。皆さんにも、お知り合いが突然のご不幸に見舞われ、どう慰めたら良いか、何という言葉をかけたらよいのか迷ってしまう―そういうご経験がおありでしょう。こうすれば大丈夫、という万能薬のようなものはありません。しかし、仏教から得られるヒントがいくつかあります。その中のひとつをご紹介しましょう。
それは「四つの智慧」という教えです。人がさとりの境地に至ると、四つの智慧が生まれる、というものです。

まず、「大きな鏡の智慧」です。その状況のありのままを、大きな鏡のように明らかに映し出す、そのような智慧です。このたとえに習うならば、ご遺族に接するときには、先入観や思い込みを交えず、明晰な心をもってすることが重要です。ご遺族の言葉に耳を傾け、虚心になって心のこもったあいづちをうつ。ご遺族の涙につられ、一緒に涙を流す。これは、あなたがご遺族と親しければ親しいほど、助けになるでしょう。あまりよくないのは、「そういえば私もこういうことを聞いた、こういう経験をした、こういう場合はどうだこうだ」という話です。役に立つ場合もあるのですが、意外なことにそうでない方が多いようです。

次は、「平等であると知る智慧」。突然の不幸は、誰の身の上にも起こりえます。不幸を恐れる気持ち、実際に不幸に遭って「何でこんなことに」と打撃を受けた気持ち、また親しい人の訃報を聞いて、じっとしていられずに駆けつける気持ち―もろもろの気持ちが「葬儀」というひとつの場で溶け合います。そうした中で、「愛別離苦はこの世の定め、誰もこれを避けることはできない」「私もあなたも同じ弱い人間、これは決して他人事ではない、困ったときはおたがいさま」という豊かな心が大切です。

そして、「微妙な違いを知る智慧」。おたがいに弱い人間、死別の悲しみは誰もが経験することですが、その感じ方は人によって違います。故人の友人であれば、葬儀の場で過去の想い出にひたることもできましょうが、直接のご遺族にとっては、まだそれどころではないはず。故人とのつながりは、まだ「過去のもの」ではありません。また同じご遺族の中でも、故人との関係や個人差で、感じ方が違います。さらに、同じ人であっても、時によって心の状態は大きく違います。またご遺族には、周囲の人に配慮をする余裕がないかもしれませんので、ふだんとは違うご遺族のそうした状態に気づいていることも大切です。

最後は「プロセスを完成に導く智慧」。前の三つの智慧を意識しながら、ご遺族に対して時に応じ、場合に応じてあたたかく接していきます。ご遺族はやがて、ゆっくりと時間をかけながら、新たなステップに向かうことができるでしょう。

あたたかい心─ひとことで言えばそれに尽きますが、この四つの智慧を意識することによって、ご遺族に接してゆくことがそのまま、仏道を歩むことに通じます。


2007.09秋彼岸

彼岸といえば、そこは先祖の精霊たちが憩う安らかな世界です。
此岸(しがん)にいる私たちは、彼岸を想って手を合わせます。彼岸を想うことによって、私たちは此岸の生、つまり私たちの現実の人生を相対化する視点をもつことになります。
──この肉体とともにある生はそれ自体で完結しているのではなく、それを超えた世界へと連なっている。私たちもいつか、彼の世界に赴くことになる……

彼岸を想うことによって、私たちの生き方の背景が微妙に変わってきます。

誰しもの人生が有限である、ということに気づいていれば、他者に対する寛大な心が生まれてきます。あなたも私も短い時、貴重な時間をたまたま共にする旅仲間─持っているものは分かち合い、困ったときもお互いさま、というわけです。
また彼岸から先祖の精霊に見守られている、と思えば、おのずと生活は正されてゆきます。「あなたの好きなように生きなさい、ただし先祖を悲しませることのないように。」
さらに、自分の感情をコントロールすることの大切さや、地道な努力を積み重ねることの重要さも理解できます。人知れぬあなたの忍耐、努力─たとえ隣人から評価されなくとも、あなたの先祖はしっかりと理解し、応援してくれるでしょう。
そして、彼岸を想うこと自体が、此岸と彼岸を超えた俯瞰的(宇宙的)な視点を体験することにつながります。しばらくそこに留まっていれば、聖なる沈黙と、身体の中心から湧き上がってくるような「智慧」を体験できるかもしれません。

彼岸を想い、先祖を供養する誠実な心が、そのまま仏道を歩むことにつながってゆく…信徒さんと一緒にお経を上げながら、このごろそう感じるようになりました。


2007.08深心(じんしん)

「かの仏の国に生まれようと願う者は、三つの心を発(おこ)すべきである。」

先月は、一番目の至誠心(しじょうしん)について触れました。今月は二番目、「深心(じんしん)」をとりあげましょう。

「深心とは、すなわち深く信ずる心なり」(法然上人)

もう少し詳しく、何を深く信ずるのかということについて、法然上人のお考えを尋ねてみます。

「深心には二つある
一つには、

自分はどうしても煩悩から離れることができず、
悪しき罪をつくり続け、
遠い遠い過去生から、
迷いの世界をさまよい続けてきた。
ここから抜け出す道はまったくない。

というふうに、
わが身を振り返って、その救いのなさを確信することだ。

二つには、

かの阿弥陀仏は、
四十八の誓いをもって、
さまよう私たちをお導き下さる。
ゆえにそのお名前を称えるならば、
たとえ十回のお念仏、一回のお念仏であっても、
必ず極楽世界に救いとって下さる。

このように固く信ずることである。

はじめに、わが身の救いなきことを確信し、
のちに、そのような自分でも
阿弥陀仏の救いを信じて念仏すれば、
たった一回の念仏でも極楽往生できる。
こう深く信ずることが、「深心」だ。

第一の確信によって、
第二の信がより確かなものとなる。

以上は、わたし(法然)が師と仰ぐ善導大師のお考えだ。
わたしの考えも、これと同じである。

詮ずるところ、
念仏して必ず往生する、ということを、
まったく疑わない心を、
深心と名付けているのだ。」


 台風で飛んでシワに...

信ずる心、という説明しがたい対象を、このように段階を追って説かれています。

昨今、「自己受容」の大切さがしばしば強調されます。しかし浄土宗では、まずは徹底的に自己否定します。そして仏の誓いに信順することによって、「この私でも救われる」と自己が受容されてきます。自分が自分を受容するのではなく、仏の眼差しを通じて自分が受容されてくるのです。
さまざまな手法によって自ら心を静めたり、身体の奥底から智慧の声を聴き取ることは可能です。しかし、それらはいずれも一時的なものです。「輪廻転生から抜け出る」という一大事に関しては、私たちはあまりにも無力であり、仏の力=他力を頼りとすることにのみ、希望を見いだすことができます。
心の乱れた未熟な凡人であるこの自分と、光輝く覚りの世界…このまったく、どうしようもなくかけ離れた二者を結びつけてくれるのが、念仏往生の教えなのです。


2007.07至誠心(しじょうしん)

「かの仏の国に生まれようと願う者は、三つの心を発(おこ)すべきである。」

お釈迦さまの教えにこうあります。(『観無量寿経』) その第一番目は、至誠心(しじょうしん)と言われる心です。真実の心、偽りのない心、純粋な心を指します。 浄土宗祖法然上人は、この至誠心についてさまざまな教えを残されました。今回はその一つをご紹介しましょう。

「往生がかなう人に、二つのタイプがある。(註:往生とは、この穢土を厭い離れて、阿弥陀仏の国土=西方極楽浄土に往き生まれることをいいます)

ある人は、日常の立居振る舞いによく気づきをゆきわたらせ、
口にはいつもお念仏を称えている。
阿弥陀仏の誓いを仰いで、
俗世をきらい、
その行動や言葉、考え方すべて、
解脱のときに備えている。
彼の外見には賢者、努力家の相があり、内面に愚痴や怠惰はない。
世渡りに心動かさず、物欲・名誉欲もない。
彼の行動と心にはうらおもてがなく、いつもひたすら往生を願っている。
このような人は必ず往生がかなう。
ただし、このように申し分なく優れた人は、極めて少ない。

次に二番目のタイプだ。
彼の外見はごくごく平凡だ。
名誉を求める心や物欲もない。
苦しい世を厭う心は深く、往生を願う心も強い。
阿弥陀仏の約束を信じて、念仏の生活を送っている。
ただ、外見では世俗にまみれながら、
日々の暮らしに追われているように見える。
妻子とともにいて、物欲もあるようであり、
俗世を離れたい様子でもない。
しかし、心の底では往生の願い強く、
俗世の営みも往生のため、と理解している。
彼は、妻子や親族も往生の導師・同朋と思って頼りにし、
余命が減るにつれて、往生が近づくと歓ぶ。
臨終に至れば、必ず仏の来迎があると信じ、
この命が尽きる時こそ、苦悩の終焉であると思い定める。
時には、喜ばしいこと、残念なこと、
厭わしいこと、また申し訳なく思うこともある。
気に病むこと、人を妬ましく思うこともあるが、
これらは皆、夜明け時分に見る夢のように、
はかないこの世のならいと心得て、
そうしたことに惑わされず、
ますますこの世を厭わしく思う。
あたかも、旅をしている途中で、たまたま荒れ果てた宿に泊まり、
とても夜を明かせない気持ちでいる、といった具合だ。
このように、はためには取り立てて往生を願っているようには見えなくても、
世俗にまみれながら、人知れず往生する人がいる。
このような人こそ、末世の今日に相応しい往生人である。

このような二つのタイプの心情を、
阿弥陀仏は『至心』とお教えになり、
釈尊は『至誠心』と説かれ、
善導大師は『真実心』と示されたのだ。」

私には、実に身近で、尊い教えに感じられます。
皆さんはどのように読まれるでしょうか。


2007.06生命ありがたし

今月も、『法句経』の中からよく知られた教えをご紹介いたします。

「やがて死すべきものの、いま生命あるはありがたし」(第182句)

この季節は、自然の生命が日々生き生きとしてまいります。庵の周囲でも、一雨ごとに樹々の緑は濃さを増し、鳥たちもさかんにさえずっています。羽虫やミミズなどもさかんに動き回り、中にはすぐに命を落としてしまうものもいます。
宇宙の中にあって、これほど豊かな生命に恵まれた場所はないでしょう。ひとたび地球の外に出ると、生命の痕跡を見つけることすら困難です。
生命の貴重さが理解できたとき、続いて次のような問いが起こります。
「この大切な生命を、如何に生きるべきか」
かく自問できるのは、地球上の多くの生命の中でもただ人間だけです。
冒頭の句には次のような文が続きます。

「すぐれた真理を耳にすることもかたく、
仏陀―目覚めたる人がこの世にあらわれることもまた、ありがたし」

人として生を受けるのはまことに稀有なことである。同じ人間に生まれたとしても仏教に出会うことは難しい。仏陀がこの世に現れることも、ほとんどあり得ないことである―。
あなたはせっかくこの貴重な生を受けたのであるから、正しい生き方を求めて仏陀の教えに耳を傾けるべきである、そのことをこの句は示しています。

生命尊し―それは単なる感慨、「生命礼讃」ではなく、ひとつの出発点です。そこから真理を求める旅がはじまるのです。

そして実際のところ、真の意味で生の尊さを感じることができるのは、目覚めたる方の教えに触れ、それに歓喜するときです。この歓喜がひとたび起こったならば、わたしたちは自分の生の意味を初めて理解し、この瞬間のためにこれまでのすべてがあったことを知ります。そして、この瞬間を導いたすべての条件に深い感謝を捧げることでしょう。それは、この生を産み育んだ親への感謝であったり、教えと出会うことになった偶然の機会への感謝であったり、あるいは苦しみの体験への感謝でさえあるかもしれません。

私たちの生命が貴重であると知り、この短い時間を生かして必ず仏の国へと行路を定め、目覚めたる人の真意をさとる日が来ますように――。
そして一人でも多くの人が、この道を往きますように。

「やがて死すべきものの、いま生命あるはありがたし」


2007.05お寺の掲示板

新しくお寺ができたとき、山門の脇に掲示板を作ってもらいました。「お念仏の会」の案内や、宗門から送られてくるポスターを掲示しています。
このほかに、大切にしたい教えや、印象に残る言葉を墨書して掲げよう、ということになりました。
初めに掲示させて頂いたみ教えは、お釈迦さまのお言葉――『法句経』からの一節です。

「意味のない千の言葉よりも 道にかなう
たったひとつの言葉の方が価値がある
その言葉は それを耳にした者に
平安をもたらす」

日々幾千万の言葉が、やって来てはまた去ってゆきます。本当に価値のある言葉と出会うことができるならば、それがいかに貴重な機会であることか…。
「道にかなうたったひとつの言葉」とは…? その言葉はおそらく、彼方の世界の響きに満ちていることでしょう。彼方の世界の沈黙、彼方の世界の香りを運んでいることでしょう。いっさいの論評を拒絶するような、孤峰の高みを吹き渡る風のようなものでありましょう。紙に書いて記録しておくようなものではなく、語られたそのときが、まるで千の花弁をもつ蓮の花が開花した瞬間のよう――ただただそれに圧倒され、ひれ伏すのみでありましょう。

いく片かの残響が、それを失うことを憂える弟子たちによって記録されました。
数百年数千年を経たのちであっても、そうした価値ある言葉の残響にいささかなりとも触れることができるならば、私たちは充分に幸せです。


2007.04花まつり

4月8日は、お釈迦さまが誕生された日とされています。これをお祝いするのが花まつりです。他にも「仏生会(ぶっしょうえ)」「灌仏会(かんぶつえ)」などの呼び方があります。
花御堂(はなみどう)の中に灌仏盤を置き、そこに甘茶を入れます。その中央に誕生仏(お釈迦さまの幼児のお姿の像)をお祀りして、柄杓を使ってこのお像に甘茶をかけます。

お釈迦さまが誕生されたとき、七歩歩んで「天上天下 唯我独尊」(誕生偈)と言われた、と伝えられています。(四方に七歩ずつ歩んでこう言われた、という説もあります。)これは史実というよりも、後に仏伝に加えられた、お釈迦さまを神格化する話のひとつです。
言い伝えとはいえ、この話の意味するところはとても深いように思われます。覚りをひらかれた、いわばまったく新しく生まれ変わられたお釈迦さまのご心境を、肉体のご誕生のときに重ねて表現したものですから…。 「天上天下」という言葉からは、清澄で明朗な意識が、ありとあらゆる方向へ広がってゆくのを感じます。言葉をかえれば、宇宙(物理的宇宙、精神的宇宙)全体を眺めている、また宇宙全体から眺められている我、とも言えましょう。
「唯我独尊」という表現は、覚醒意識の頂点に到達してしまったことを淡々と写し取った言葉のように思われます。また、そこに一抹の寂しさ─天才の孤独も感じます。お釈迦さまが初めて教えを説かれる前に、「この微妙な教えを説いたとしても、むさぼりにふけり、怒りと無知に覆われた人々はこれを理解することができないであろう」と躊躇されたことを思い出します。

誕生偈の印象はともかくとしましても、私たちが誕生仏を花で飾り、甘茶をかけてお祝いしている様子をご覧になり、お釈迦さまはきっと優しく微笑んでおられることでしょう。


2007.03念仏する心

私どもは日頃「なむあみだぶ なむあみだぶ…」とお念仏しておりおますが、はたしてどういう気持ちでお念仏を称えているのでしょうか。
阿弥陀さま、お導きをお任せいたします…これが南無阿弥陀仏ですが、私が思うに、そこには三通りの心があります。

まず第一は、追善供養のお念仏です。私どもが葬儀や法事を勤めるときは、ご参列の皆さんと一緒に追善のお念仏をお称えいたします。「阿弥陀さま、故人をどうぞ極楽浄土にお導き下さい」「どうぞ極楽浄土で故人の覚りが進むようにお導き下さい」という心をもって称える――これが追善供養のお念仏です。皆さんに最もなじみ深いと思われるのは、このお念仏――亡き方を供養する追善のお念仏です。
次に、現世において阿弥陀さまのお守り、お導きを頂くためのお念仏です。「現世」と言いましても、病気平癒や家内安全、商売繁盛、恋愛成就、受験合格…といったこちら側の「我」を主体とした現世利益は、浄土宗の取るところではありません。結果はどうあれ、阿弥陀さまの良かれと思われる方向にお導き下さい、その方向に私は進んで参ります――これが現世のお守りを願うお念仏です。
第三は、自分自身の往生浄土を願うお念仏です。この身体の寿命が尽きる時に、どうぞ極楽浄土にお導き下さい――そのお導きをすべてお任せいたします、というお念仏。
「ただ往生極楽のためには、南無阿弥陀仏と申して疑いなく往生するぞと思いとりて申すほかには別の子細そうらわず」(法然上人)
これがそのお念仏です。

今、念仏する心を試みに三つに分けてみました。わが身を振り返りますと、いつもこの三つのいずれかの心をもって念仏しています。あるいは、どれか二つの気持ちが一緒になって称えている時もあります。
法然上人は、この三つのケースのいずれにも言及されました。しかし、かの偉大なる先達がもっとも強調されたのは、第三の心――すなわち、自分自身の往生浄土を願うお念仏です。法然上人の最大の関心事は、「私たち」が極楽世界に往くことにありました。わが身わが心の、この頼りなさと、輝ける仏の覚りの世界との気の遠くなるような隔たりを埋めてくれるのは、浄土往生以外には考えられません。
「願わくは、もろもろの衆生とともに、安楽国(極楽浄土)に往生せん」(善導大師)
身体の死は決して遠くにはありません。ここで言う第三のお念仏をしっかりと伝えてゆかなければ、と思っております。


2007.02ある冬の日に

昨年の暮れのことです。
血縁にあたる大切な人が、45歳の若さで目を瞑り、彼の国へと旅立ちました。
臨終の知らせに駆けつけ、額にそっと手を当てると、そこにはまだしっかりとした温もりがありました。
葬儀は私が勤め、今月は、はや四十九日を迎えます。
日々の本堂のお勤めの中で、私自身が授与した戒名を読み上げ、回向しています。
戒名には、彼女の面影にこれからの仏道の歩みを重ね、「清蓮」「凛光」という号を贈りました。

戒名を読み上げる毎に、左胸に独特の感覚が湧き起こり、目の奥が熱くなります。

お勤めの中で、時おり拝読する法然上人のお言葉の中に、この感覚が救われてゆくのを感じています。

「会者定離は常のならい。今、はじめたるにあらず。何ぞ深く嘆かんや。
宿縁空しからずば、同一蓮に坐せん。」

「浄土の再会、甚だ近きにあり。
今の別れはしばらくの悲しみ、春の夜の夢の如し。」

南無阿弥陀仏――


2007.01迎春

かの仏の御名をお称えいたします。

新年を迎えました。
この冬は落葉が遅く、今でもはらはらと舞い落ちる黄金色ものが眼にとまります。葉が落ちた樹々のあいだを軽やかに伝ってゆく鳥たちは、ときおり合図のように鳴き声を発します。冬の陽を受けながら穏やかな空気に包まれていると、季節の移ろいそのものが、身体の回りで雲のようにゆっくりと動いてゆくかのように感じられます。
今年もまた、迎えることあり、見送ることあり、でありましょう。私自身も浮かんだり、沈んだりしながら流れてゆくことと思います。
唯仏是真、仏のおみ足にしっかりと掴まりながら、時の流れと共に歩んで参りましょう。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。