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2011.10

 
法然上人夢譚(むたん)(3)... 六人の独白

法然上人夢譚 (1)... 一弟子の夢物語
法然上人夢譚 (2)... 三人の独白

法然上人夢譚 (4)... 四人の独白
法然上人夢譚 (5)... 四人の独白
法然上人夢譚 (6)... 四人の独白
法然上人夢譚 (7)... 三人の独白
法然上人夢譚 (8)... 三人の独白

――「法然さまにお目にかかったのは、私がまだ13か14の頃でした。
法然さまは、『一人で世の中を動かすことはできぬが、口と舌を動かす(念仏する)ことはできよう』とおっしゃいました。そして、ご自分のお顔を私の顔にグッと近づけて、こう言われたのです。
『よく覚えておきなさい。』
今私は、政(まつりごと)の中枢にいます。私の力が世の中を動かしているのではなく、時代の流れに押し出されて、たまたまここにいるのです。この大河は、やがて他の人を世の中枢に据えて、私を何処かへと流し去るでしょう。
その冷徹な真実が本当に分かったときに、私は再びお念仏を申すようになりました」

◇ ◆ ◇

――「ここだけの話です。
私はお念仏を称えるとき、阿弥陀さまのことを思っていません。私の胸にあるのは、法然さまのことです。
ええ、もちろん分かっています、それを言えば法然さまが喜ばれないことは。でも私にとっては、それが自然なのです」

◇ ◆ ◇

――「お具合がずいぶん悪くなられてからのことです。
ある人が法然さまに、
『ご上人が亡くなられたら、やはり極楽世界に往かれるのですか。』
と尋ねたそうです。
極楽浄土に往生されるのは当然にしても、ご本人に直接確認するとはずいぶん大胆なことです。
法然さまのお答えはこうだったそうです。
『わしは元々、極楽世界にいた。ただそこに還るだけだ』」

◇ ◆ ◇

――「わたしはちょうど、その場におりました。
元々極楽世界にいた、と法然さまがおっしゃった瞬間、背中がぞくっとしたのです。
その感じはまるで、この日常の世界と仏の世界との境界に、突然ぽっかりと穴があいたようでした」

◇ ◆ ◇

――「都を離れ、四国に向かう旅が始まりました。行くところ行くところ、法然さまにひと目お会いしたいという人々が集まっていました。都の外まで、しかも鄙びた小さな村にまで法然さまの評判が広がっているのには驚きました。
それにしても、彼らはどうやって法然さまの行程を知るのでしょうか。まったく不思議でした。
中でも驚いたのは、瀬戸内海を渡る船旅の途中、一艘の船が近づいてきたときでした。その船には、法然さまにお会いしたい、という人が乗っていたのです」

◇ ◆ ◇

――「法然さまは、時おりご自分の欠点について話されました。あんな失敗をした、こんな勘違いをしていたとか、つまらないことにこだわらずにいられない、こんな悪い癖がある、などの話を、ユーモアたっぷりに話すのです。
わたしはあなた方と同じように、欠点の多い愚かな凡人なのだよ、と言い張っているかのようでした。
法然さまと我々と、まったくレベルが違うのは分かり切っていました。それでも、こういうお話の時は法然さまも私たちも腹をかかえて笑い、場が和むのでした」■

(この話は夢物語であり、歴史的事実ではありません)

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