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2012.12

 
法然上人夢譚(むたん)(6)... 四人の独白

法然上人夢譚 (1)... 一弟子の夢物語
法然上人夢譚 (2)... 三人の独白
法然上人夢譚 (3)... 六人の独白
法然上人夢譚 (4)... 四人の独白
法然上人夢譚 (5)... 四人の独白

法然上人夢譚 (7)... 三人の独白
法然上人夢譚 (8)... 三人の独白

―― 月が美しく輝いている晩、法然さまは必ず表に立たれました。しばし佇んで、その光をじっと眺めるのです。
私は法然さまの邪魔にならぬよう、少し離れたところに控えます。
法然さまの周りには、まったく別の時間が流れているようでした。特別のお心をもって月を眺めておられたのだと思います。

◇ ◆ ◇

―― 建永の法難のおり、弟子たちの間には大いなる不安と恐れがたちこめておりました。
法然さまは、いつもとまったく変わらぬご様子でした。流罪が決まった時も、
「都での布教については、これまでに充分つとめを果たした。これからは四国の農夫達に教えを伝えよう。これはかねてよりの願いであった。世の中では流罪というが、私にとっては恵みである。
念仏の教え―まことの仏法がひろまってゆくのを、誰も止めることはできぬ。」
と明るく言われたのです。
上人はこのころも、ふだん通りにお念仏のおつとめと、ご説法を続けておられました。
ある弟子が心配して、
「恐れながら、今は常のときにあらず。このようなご説法はどうかお控え下さいませ。」
と申し出ました。さらに他の弟子達に向かって、
「皆も、上人のお話に応じてはならぬ。」
と戒めました。
法然さまは言われました。
「そなたは、この教えの根拠も背景もよく存じておろう。正しい教えと分かっていながら、何ゆえそのように申すのか。」
弟子いわく、
「教えの正統性はさておくとして、今は我々が世間でどう見られているかを考慮すべきではないでしょうか。このままでは、上人も我々も、どうなってしまうか分かりません。」
法然さまは目を閉じて、しばらくの間うつむいておられました。弟子達は固唾をのんで見守っておりました。
法然さまはゆっくりと目を開くと、広く一座を見渡しました。そして、力強い声でこう言われたのです。
「たとえ死罪になろうとも、命ある限りこの教えを説かねばならぬ。」

一同は雷に打たれたようになり、やがてどの者も涙を流し始めました。

◇ ◆ ◇

―― 私はもう80歳を越えていましたが、恥ずかしいことに、死ぬのが怖くてたまりませんでした。
死んだとて失うものなど何もない身ですが、どうしたわけか怖いのです。死ぬことを想像すると胸が苦しくなり、頭がぐるぐる回り出したものです。
法然さまとお念仏するようになってから、変わりました。それは「浄土往生」という教えで、私にとっては死に近づくようなものでしたが、不思議とあちら側の世界がとても近く、また有り難く感じるのです。
一人でいるときも同じです。法然さまと一緒にいるときを思い起しながらお念仏すると、ちっとも怖くありません。
少しずつ、そのようになりました。

◇ ◆ ◇

―― 法然さまの庵をよく訪ねました。
そのときに、時おり鹿や猿を見かけました。野生の動物たちで、法然さまの庵の近くにいたがっているようでした。私の姿を見ると、いつでも逃げられるように警戒するのが分かります。が、逃げることはありませんでした。
彼らに危害を加えるためにここに来たのではなく、法然さまにお目にかかるために私は来た―彼らにはそれが分かるようでした。◆

(この話は夢物語であり、歴史的事実ではありません)

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