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2018.03

 
よく頂くご質問〈上〉

前回のコラムではいくつかの問いを立てて、法然上人のお考えを伺いました。

今回と次回では、皆さまから頂いたご質問に、私自身の解釈も交えながらお答えいたします。

ご質問は下記の11項目です。(今月は初めの4項目を扱います)

  • 西方極楽浄土や阿弥陀仏は実在するのですか。
  • 浄土宗と浄土真宗はどう違うのですか。
  • 浄土宗の実践とはどのようなものでしょうか。
  • 浄土宗寺院の正式なメンバーになる必要はありますか。
  • 浄土宗に関して自分のやり方・考え方・方向性に自信がないときは。
  • 念仏は一日何回称えればよいのですか。
  • 瞑想など、他の修行を行なってはいけませんか。
  • 正式な浄土宗僧侶になるためにはどうすれば良いでしょうか。
  • 僧侶になるのは無理としても、この教えを他の人に伝えたいのですが。
  • 病気平癒、受験合格、仕事の発展などを祈ってはいけませんか。
  • キリスト教の神と、阿弥陀仏の違いはどういうところですか。

問:西方極楽浄土や阿弥陀仏は実在するのですか。
答:

浄土宗では「実在する」と考えます。(善導大師、法然上人のお考えにしたがいます)

極楽浄土や阿弥陀仏は、自分の心の中に想像する場所や仏ではありません。自分の心の外側に実在する、と考えます。しかし、宇宙空間の調査が進めばやがてお浄土や阿弥陀さまを発見することができますよ、というわけでは無論ありません。では、どういうことなのでしょうか。

お釈迦さまは、お覚りを開かれたのちに、逡巡の末「人々をこの覚りの世界、涅槃に導こう」と立ち上がられました。この「人々を覚りに導こう」というご決断から仏教が始まったわけです。浄土宗でいう「他力」も正にここに通じています。自分の外側からお導きの力(他力)がはたらく-それはお釈迦さまの存在やそのご決断が、私たちの外側から私たちを導いて下さっているのと同様です。この他力に自分自身のちっぽけな存在を委ねよう、というのが浄土宗です。

「西方」というのも単なる地理的方角ではなく、それを含んだ象徴としての方向性(日没の方向であり、私たちが進んでゆく方向、進むべき方向)を示していると思われます。

ですから、「お釈迦さまが体験された『覚りの世界』は確かに実在する」「その世界に私たちも導いていただける」、このことへの信頼があった上で、西方極楽浄土や阿弥陀仏の実在を感じることができる-私はこのように考えています。

問:浄土宗と浄土真宗はどう違うのですか。
答:

浄土宗の宗祖は法然上人(1133年-1212年)です。法然上人にはたくさんのお弟子がおられました。その中の聖光房弁長(しょうこうぼう べんちょう)という方の流れが現在の浄土宗です。対して浄土真宗は、同じく法然上人のお弟子の内、親鸞聖人の流れ。源流は一つですが教団としては別々に展開してきました。(他の門流もあります)

浄土宗と浄土真宗では、教義やお勤め、供養に対する考え方などが微妙に違います。親鸞聖人は、師である法然上人の教えを忠実に継承しているという自覚をはっきりとお持ちでしたので、別の宗派を興そうとは考えておられませんでした。阿弥陀仏の救済力(本願力)を信じてお念仏-なむあみだぶつをお称えする、という基本は同じです。

法然上人はお釈迦さまのように、相手に応じて教えを説かれました。ある方には、

「初めから深い信仰を持つのは難しいから、とにかくお念仏を称えなさい。信仰心はそのうちに育ってくるでしょう。」

と説き、別の場合には、

「信仰が第一です。信心のない念仏では往生できません。」

と言われました。

浄土宗の姿勢はどちらかといえば前者、実践重視です。浄土真宗は信心第一、お念仏は信心が定まったのちに感謝の心から称えられるもの、と説きます。

また学ぶ内容も、浄土宗では法然上人のご生涯や、法然上人が説かれたものが中心になります。浄土真宗は親鸞聖人が説かれたものを中心に学びます。それぞれ少し学んでみると、ニュアンスの違いを感じ取ることができるでしょう。

お勤めも違います。浄土三部経という基本の経典は浄土宗・浄土真宗ともに読みます。しかしそれ以外の部分では、浄土宗では善導大師、法然上人の書かれたものが中心で、親鸞聖人のものは読みません。浄土真宗では親鸞聖人、蓮如上人が中心になります。お念仏のとなえ方も若干違います。

供養について申しますと、浄土真宗ではそもそも「先祖供養」という概念がありません。私たちの側で善根を積んでその功徳をご先祖に回向する、というのは自力の行いであって、阿弥陀仏(の本願力)への信心があればそれは不要、とみなされます。こちらで自力の善根を積まずとも、ご先祖はすでに救われている、というわけです。浄土宗ではそこまではいきません。先祖供養・回向を行います。法然上人の教えの中にも、先祖供養について「回向すべし」と説かれているところがあります。

問:浄土宗の実践とはどのようなものでしょうか。
答:

実践の中心は称名念仏。「なむあみだぶ」または「なむあみだぶつ」と声に出して称えます。

本来はそれだけで十分なのですが、念仏だけというと簡単なようでかえって続かないものです。そこで仏壇を具えたり、日々おつとめを行うことによって念仏生活を支えます。

法然上人が師と仰ぐ善導大師は、お念仏を助ける4つの修行を説きました。

  1. 浄土の教えに関するお経(浄土三部経)を読誦する。
  2. 浄土の光景や阿弥陀仏のお姿を観察する。(心に思い描く)
  3. 阿弥陀仏を礼拝する。
  4. 阿弥陀仏の功徳をたたえ、香・華・灯明などを捧げて供養する。

この4つです。これらはお念仏とともに日々の「おつとめ」の中にすべて含まれています。一日二回(朝夕)、あるいは一回お仏壇の前でおつとめを行ない、他の時間は思い起こしたときにできるだけ念仏を称えます。

問:浄土宗寺院の正式なメンバーになる必要はありますか。
答:

絶対に必要というわけではありません。法然上人は「念仏の声するところはすべてわが遺跡である」と仰っています。ご自宅の仏壇の前で念仏を称えれば、そこが小さな寺院となるのです。こうして私がインターネットを通じて浄土宗の教えをご紹介するのは、皆さんがふだんの生活の中でお念仏に励むことができるように、という目的からです。

もし寺院の正式なメンバーとなってお寺を支えたい、相談にのってもらいたい、あるいはお寺の行事に参加したい、葬儀や法事を行なってもらいたい、という場合は別です。(菩提寺がない場合は)お近くの浄土宗寺院にご相談下さい。◆

〈この項つづく〉