QA目次へ

Q&A 53

質問53

仏教, 宗教
人は宗教がなくても生きてゆけるのではないでしょうか?
〈回答 53〉 その通り、人は宗教がなくても生きてゆける、と思います。私は「すべての人は、宗教がなくては生きてゆけない」とは決して思いません。
「宗教」をどう定義するかにもよるでしょうが、○○教、△△宗に属する必要は、必ずしもないと思います。
朝起きて、ご飯を食べて、学校や会社に行き、勉強したり遊んだり、仕事をしたりして、夜家に帰る。ご飯を食べて、お風呂に入って寝る。
学校を卒業して、就職して、結婚して、子どもを作って、育て、社会に送りだす。幸せがあり、時に不幸があり、泣いたり笑ったり、喜んだり悲しんだりして、年老いてゆく。時に哲学的になることがあったとしても、「まあ、人生はこんなものだ」と納得しながら生きてゆく…そこに何も問題はないでしょう。まして、あなたが健康な身体をもち、不安のない(少ない)環境で生活なさっているのであれば、「宗教がなくても…」と思われるのもごもっともです。

私自身はどうか、といいますと、例えば、
「私たちの日常生活の奥には、もっと深く豊かな世界が開けているのではないか」
というようなことを子どもの頃からずっと感じ続けてきました。あるいは、
「真の幸せは、この世界と背中合わせに存在している別の次元にあるのではなかろうか」
「『死』によって、すべてに終止符がうたれてしまうのだろうか」
というようなことですね。僧侶を志した背景のひとつには、このような感覚があったように思います。そして、宗教は——私の場合は仏教ですが——これらの問いに答えてくれると思います。
とりわけ「死」の問題は大きい。家族の死、友人の死、自分の死…人間にとって「死」が大した問題でなかったとしたら、仏教は生まれなかったのではないでしょうか。

お釈迦さまは、出家されるときの心境を次のように語っておられます。
「愚かな者は、自分が死にゆく身であり、死をのがれる方法を知らないのにも関わらず、他人が死ぬのを見ると、自分のことは忘れてそれを厭い嫌う。考えてみると、わたしも死にゆく身であり、死をのがれることはできない。それなのに他人の死を厭い嫌うというのは、わたしにふさわしいことではない。
そのように考えたとき、わたしの青春のおごりはすべて断たれてしまった。」

しかし、けっして無理をすることはないと思います。お釈迦さまはお釈迦さま、私は私、あなたはあなたです。もしあなたに(宗教への)関心が出てきたならオーケー、出てこなくてもオーケーです。

ご寄付のページへ