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Q&A 60

質問60

仏教
仏教にはいろいろな宗派がありますね。日本の仏教を勉強しようとすると、まず「何宗?」という事になります。何宗でも結局目指すところは同じだと思うのですが...。宗派にこだわる必要があるのでしょうか?
〈回答 60〉 「結局目指すところは同じ」といえば、確かにそうかもしれませんね。
と同時に、「ではお釈迦さまは実際にはどういう教えを説かれたのか」を学ぼうとするとき、どうなさいますか? 直接その教えに触れようとするなら、まず経典を読んでみる、ということになりましょう。ところが、これが大変です。ご存知かもしれませんが、莫大なボリュームなのです。
『大正新修大蔵経』という全100巻の本があります。日本で編集された仏典の全集です。図像等を除くと85巻。一巻は平均900ページくらいです。
これで例えば『般若心経』を調べますと、たった1ページの、そのまた三分の一くらいの分量です。全体が80000ページくらいありますから、 『大蔵経』がいかに大部かお分かりになる思います。これだけの量の仏典を前にして「結局目指すところは同じ」と言ってしまいますと「何も学ばない」というのと同じになってしまいます。
お釈迦さまは多数の教えを残された。その後仏教史上偉大な高僧が多く現われ、それぞれ「お釈迦さまの真意はこうであった」と説かれた。それが宗派のはじまりであったはずです。
例えば、浄土宗の場合は法然上人です。法然上人が命を懸けて説かれた念仏の教え——これは私ども浄土宗僧侶(信徒)にとっては、他の教えとはまったく違う、特別な教えです。「私たちはこの道を通じてしか、目指すところにたどり着けない」という特別な意味があるのです。それぞれの宗派にこのような独自の教えがあるわけです。
目指す山頂は同じかもしれませんが、山頂に到るにはまず何らかのルートに沿って登ることを始めなければなりません。山の麓をぐるぐる回っているだけでは、何も始まらない。そうではありませんか? そのルートというのがそれぞれの宗派だというふうに考えれば、「宗派=こだわり」ではないことがわかっていただけるでしょう。