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Q&A 90

質問90

浄土宗
私は法然上人を崇敬しています。宗教家として本当に素晴らしい方だと思います。それで私もお念仏をとなえてみるのですが、どうもしっくりきません。自分のお念仏の声に違和感を感じるのです。法然上人に対する自分の思いとずれているというか…。何かアドバイスを頂けますでしょうか?
〈回答 90〉 法然上人に崇敬の念を感じられる—誠に尊いことです。そのお心をどうか大切になさって下さい。
また実際にお念仏をとなえることが、その崇敬の心と一致しない、ということがあるのも分かります。もちろん、初めからそれが一致すれば、素晴らしいことなのですが…。
私ども僧侶は、大きな声でお念仏をおとなえする、ということを、当然のこととして行なっています。集団の中で、身体から自然にお念仏の声が出るような教育を受けているわけです。
しかし、僧侶になる教育を受けなければ自然なお念仏が身に付かない、ということでは決してありません。

私からできるアドバイスは二つです。
ひとつは、お近くで念仏会を行なっているお寺を探して、そこに参加してみること。ご自分ひとりでとなえるお念仏とは随分違った印象を受けられると思います。また、そこでご住職の法話を聞いたり、他の参加者のお話を聞くことも大いにプラスになるでしょう。
そしてもうひとつは、「法然上人の真のお心を理解できますように」と願ってお念仏をとなえることです。あなたが法然上人を崇敬される心は、真実のお気持ちだと思います。その真実のお気持ちを、お念仏の声にこめてみるのです。こうしてお念仏を続けるうちに、次第に法然上人の言われる「三心具足のお念仏」に近づいてゆくでしょう。

法然上人の説かれた尊い教えは、あなたのお念仏の声に具現します。どうかお念仏をお続け頂きますように、切にお願いいたします。