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Q&A 108

質問108

浄土宗
先日、京都に行って感じた疑問です。
いろいろなお寺を巡り、知恩院や金戒光明寺といった浄土宗のお寺にもお参りをさせていただきましたが、いずれもそのお寺の中心に位置し、一番大きなお堂は法然上人をおまつりしたお堂でした(東西本願寺も阿弥陀堂よりも親鸞聖人のお堂の方がはるかに巨大でした)。
浄土宗や浄土真宗の経典を直接読んだ経験はほとんどありませんが、法然上人や親鸞聖人が「私に手を合わせなさい」と説いたとは到底思えません。お二人の教えは阿弥陀さまへの集中した信頼と感謝だと私は理解しています。阿弥陀さまのお堂より、上人様方のお堂が信仰の中心になってしまっていることに非常に疑問を覚えました。
なぜ、このような状態になっているのでしょうか?
〈回答 108〉 ご質問を読んで、私も初めて京都にお参りしたときに、ちょうど同じような疑問を感じたことを思い出しました。教えの上からは、おっしゃるとおり、やはり阿弥陀さまを中心にお祀りすべきではないか、と思いました。

しかしながら、現在の姿もまた、現実です。今は私自身、このような姿を歴史的事実、信仰の現実だと思っており、「こうあるべきではない」というふうには考えなくなりました。ここは阿弥陀さまに手を合わせる場、そしてここは法然上人に手を合わせる場、とそれぞれに捉えて、比較もしません。
そんなわけで、「なぜこのような状態になっているのか?」というご質問に対し、理由を明確に説明することができません。ご質問の回答としてはまことに不充分で、申し訳ありません。

機会がありましたらあなたのお考えをお聞かせ下さい。

ひとこと(1)■ ご質問を下さったハンドルネーム「苦沙弥」さんから、この後以下のようなメールを頂きました。感謝とともに掲載させていただきます。
 質問にお応えいただきありがとうございます。
 私も質問をお送りした後、自分なりに調べてみましたが、ひとつ気付いたことがあります。それは、いわゆる鎌倉仏教は「宗祖重視主義」だということです。
 今回の質問で、私は浄土系宗派のみを取り上げましたが、宗祖が信仰の中心であるような扱いをしているお寺は他宗派にもありました。例えば、日蓮宗大本山の池上本門寺の本尊は日蓮聖人ですし、曹洞宗大本山の中心に位置する太祖殿の本尊は瑩山禅師・道元禅師です。平安仏教の弘法大師は日本で最も崇拝されている宗教の開祖ですが、宗派を超えた信仰をあつめており、これは別格と考えた方が考えた方が良いでしょう。
 では、なぜ鎌倉仏教が「宗祖重視主義」なのかということについて、私の考えは次のとおりです。
 奈良仏教・平安仏教までは、仏教は程度の差はあっても「総合的」でした。日本天台宗を筆頭に、成仏の「方法」についてある程度の幅がありました。ですから、宗祖後も教義理論的に新たな考えを提示する自由があったため、天台宗には円仁や円珍、真言宗には覚鑁といった優れた理論家を産み出す素地があったのではないかと思います。
 一方、鎌倉仏教は、その総合性を備えた仏教から、宗祖が選択した方法に信頼を寄せることが信仰の第一歩であり、宗祖の判断に異議を唱えることはその宗派の大前提を覆すことになります。浄土系宗派であれば、法然・親鸞のお二人の解釈を経た阿弥陀信仰であり、日蓮の解釈を経由した法華経信仰なのです。そのため、必然的に平安仏教以前の仏教よりも宗祖の存在感が大きくなります。そして、その結果として現在のような伽藍の形式に至ったのではないかと思います。考えてみれば、本願寺は元々親鸞聖人の廟所が起源ですので御影堂の方が大きいのも当然と考えることもできますが、基本的に鎌倉仏教にはこのような特徴があるのではないかというのが私の結論です。
ひとこと(2)
 浄土宗の僧侶として、このご質問に一言添えさせていただきます。確かに阿弥陀仏を信仰する浄土宗の総・大本山の本尊が法然上人であるということに違和感を感じられたということは素直なご感想でしょう。
 しかし、我々信仰を持つ者にとって、宗祖の教えは絶対であります。ましてや、わが法然上人におかれましては、それまでの仏教の教えには無かった(埋もれていた)、「どんな人でもお念仏をお称えすれば、阿弥陀様はお称えした全ての人をお救い下さる」という万人が救われる御教えを広められました。法然上人の御教えの原点は、「私達は、この世において、仏になることは難しい。私達は罪深く愚かな存在であるから」というところです。ご自身の命をかけてまで、全ての人が救われる御教えを広められた宗祖を仰ぐことは、ごくごく自然な事なのですが…。
住職より
 ご感想、ありがとうございます。私自身にとっても、宗祖は最も身近な師であり、宗祖を仰ぐことはごくごく自然なことです。
 一方、苦沙弥さんのご質問も、「法然上人をお祀りするべきではない」「宗祖を仰ぐことは自然ではない」という意図ではないと思うのですが…。
 表現のニュアンスもありますし、お互い顔を見ながらのお話でもありませんので、この場では二つのお立場から頂戴したご意見を掲載するところまでとし、これ以上の議論は避けたいと思います。
 悪しからず、ご了承下さいませ。