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Q&A 118

質問118

仏教, 宗教
親戚の法事に出席しました。ご住職が法話の中で、「仏教の宗派はいろいろありますが、目指すところは同じ『悟り』です。あまり宗派にこだわる必要はありません」とおっしゃいました。
浄土宗の家に生まれ、両親がお念仏をとなえているのを見ながら育った私としましては、どうも納得できません。「お念仏だけで良いのだから、浄土宗はありがたい」と日頃言っていた亡き父の面影が浮かびます。私自身、阿弥陀様には、他の仏様にない特別のものを感じます。
これも宗派へのこだわりでしょうか?
〈回答 118〉 こだわりと言っても、それは良い意味でのこだわりです。こだわりの気持ちを完全に取り去ってしまうのはほとんど不可能です。自分の身体や心を守ったり、家族の幸せを願ったり、仕事に打ち込む…それらも「こだわり」と言えばそう言えるでしょう。私たちはそれらをすべて否定するのではなく、そのエネルギーを少しずつ信仰の対象に向けてゆきます。それによって心安らかになり、結果的に余計なもの—地位や財産などへの強い執着—が落ちてゆきます。捨てきれない「こだわり」の心に、良いはたらきをしてもらう、といえましょう。
ご住職が「宗派にこだわる必要はない」というのは(前後の関連が分かりませんので何とも言えませんが)一つの考え方です。宗派を超えた境地に辿り着いた方でしたら、そうおっしゃれるかも知れません。が、私ども凡夫はなかなかそうはいきません。一つの宗派の教えを究めてゆくことでさえ、たいへんなことです。
どうぞあまり気になさらず、いま目の前にある道=お念仏に励んで下さい。