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Q&A 141

質問141

浄土宗
浄土宗においては、商売繁盛や合格祈願、病気平癒といったいわゆる現世利益をあまり重視していないようにみえます。宗門としては、そして笠原師としては現世利益をどのようにお考えでしょうか?
一般の浄土宗寺院では見られないご祈祷が、大本山の増上寺では行われているようですね。これもおもしろい(と言っては不謹慎ですが)ことだと思います。
〈回答 141〉 これまでに何度か取り上げましたが、浄土宗の教えの基本は、
  • 「浄土」と呼ばれる仏の国へ往き、そこに新たな命を得ることを願う。
  • そのために、その国を構えられた仏である「阿弥陀如来」に帰依をする。
  • そして、阿弥陀如来の示された行=お念仏=「なむあみだぶつ」を専らとなえる。
というものです。
かの国が「浄土」であるのに対して、こちら側の世界は「穢土(えど)」すなわち、けがれた世界です。ですから、功徳を積んで(穢土における)現世利益を得る、ということは重視しません。あなたのおっしゃる通りです。
それでは「現世利益」を否定するのか、というと、そういうことでもありません。

「ただ念仏ばかりこそ、現当の祈祷とはなり候え」
(ただお念仏の行だけが、現世を幸せに過ごし、来世にも浄土往生を遂げる祈りになるのです)

「弥陀の本願を深く信じて、念仏して往生を願う人をば、弥陀仏よりはじめたてまつりて、十方の諸仏菩薩、観音勢至、無数の菩薩、この人を囲繞して、行住坐臥、夜昼をも嫌わず、影のごとくにそいて、もろもろの横悩をなす悪鬼悪神の便りをはらいのぞき給いて、現世にはよこさまなる煩いなく安穏にして、命終の時は極楽世界へ迎え給うなり」
(阿弥陀さまの本願を深く信じて、念仏して往生を願う人を、阿弥陀さまをはじめ十方の仏さま、観音菩薩・勢至菩薩ほか無数の菩薩さまがたが取り囲んで下さいます。そして、いかなるときにも影のように付き添い、さまざまな悩みをもたらそうと忍び寄る悪鬼悪神の手を払いのけて下さいます。おかげで現世は不当な悩みに煩わされることなく安穏に過ごし、命終わるときは極楽世界へ迎え取っていただけるのです)

いずれも法然上人のお言葉です。お念仏のご功徳により、現世の悩みを除き安心して過ごすことができる、と説かれています。
こうしたことから、浄土宗のご利益を「不求自得(ふぐじとく)」、すなわち、求めずして自ずから得られる利益、といいます。私自身もその通りだと思います。お念仏をおとなえしていますと、驚くような不思議なことが起こります。が、決してそれを目的としてお念仏をとなえるのではない、目指すところははあくまでも浄土=仏の世界である、ということです。

また、こういうふうにも言えます。
「もし、一瞬でも仏の世界に触れる経験をしたならば、現世的な利益を仏教(宗教)に求めることはなくなるだろう。」
なぜなら、それ—「現世利益を求める心」が、崇高な仏の世界にあまりにそぐわないものだと実感できるからです。一瞬でも仏の世界に触れることができ、その上でなお仏に願うことがあるとすれば、「いつまでも仏と接していたい」ということだけです。それ以外の願いはすべて、卑小なものに感じられるでしょう。