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Q&A 186

質問186

浄土宗
 お念仏は、お経のように節をつけて称えたほうがいいのでしょうか?
また、お念仏を朝晩のほかに、仕事などで高まった気分を落ち着かせたいときや、お風呂に入っているときにも称えていますが、これでいいのでしょうか?
〈回答 186〉 浄土宗では、「所求(しょぐ)」「所帰(しょき)」「去行(こぎょう)」といいまして、お念仏を称えることは三番目の「去行」という修行の部分です。いつでもどこでも、誰にでもできる修行がお念仏です。
「所求」とは求める所、つまり目的です。これは浄土往生。
「所帰」とは帰する所、すわわち帰依する対象でして、これは阿弥陀如来です。

仏教は覚りをめざす道です。でも実際のところは、この人生わずか数十年の間にお釈迦さまと同じ覚りを得ることは極めて難しい。しかし浄土往生であれば、お念仏のおかげで必ず叶う。だから浄土往生を目指して(所求)、阿弥陀如来に帰依し(所帰)、お念仏に励みましょう(去行)、というのが浄土宗の教えです。
これらを踏まえた上でお念仏を称えるのが正しいわけですが、なかには、
「覚りをめざすと言っても、その『覚り』が何なのか、正直よく分かりません」
「『浄土往生』といっても、現実感がありません」
という方もおられるでしょう。そういう方であっても、多少ともお念仏にご縁をもたれたならば、「仏さま、私をお導き下さい」という心をもってお念仏をお称え下さい。難しい学問は要りません。

さて、ご質問について、
「お念仏は節をつけて称えたほうがいいのでしょうか」
どちらでも構いません。続けることが一番大切です。

「朝晩のほかに、仕事などで高まった気分を落ち着かせたいときや、お風呂に入っているときにも称えていますが、これでいいのでしょうか。」
たいへん結構なことです。法然上人は
「阿弥陀仏(あみだぶ)と 十声(とこえ)となえてまどろまん
ながきねぶり(眠り)に なりもこそすれ」
と歌っておられます。お風呂だけでなく、お布団の中でも称えて下さい。
どうぞ、お念仏とのご縁を大切にされますように。