仏教・仏事 Q & A [No. 81 〜 No. 100]

(2004年5月30日までの分)

目 次 (新着順)

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番 号 質 問 内 容 分 類
質問 100
仏教の本を読んでいます。六波羅蜜のなかに「忍辱(にんにく)」ということが出てきます。これは、どんなことをされても耐え忍ばなければならない、ということなのでしょうか?
仏教
質問 99
僧侶になりたいです。どうすればいいでしょうか?
仏教
質問 98
新しく過去帳を作ることになりました。菩提寺(浄土真宗)にお願いするのですが、出来上がって受け取るときに、お礼(お布施)をした方が良いものなのでしょうか?
仏事一般
質問 97
十数年前に同僚だった方が亡くなりました。最近は、年賀状のやりとりくらいのおつき合いでした。お線香でも…と考えていますが、ご家族の方とは一面識もありません。どの様に訪問し、何を持参したらよいのでしょうか?
仏事一般
質問 96
郷里のお墓(曹洞宗)を家の近くのお寺さん(浄土宗)に移すことを考えています。位牌堂に預けてある位牌も移します。改宗は大変でしょうか? また、どんな注意点が必要でしょうか。曹洞宗と浄土宗の違いは何でしょうか?
仏事一般
質問 95
葬儀で出棺する時に、親族が「釘打ち」というのをしますね。祖母の時も葬儀社の人に「この石で軽く二度打って下さい」と言われました。あれは何か意味があるのですか?
仏事一般
質問 94
実父の七回忌を機に、母がお墓を建てました。嫁いだ娘の気持ちとして、お祝いをしよう思います。母もそれでいいと言っています。しかし母は以前、「お墓は子供と一緒に建てるものだと聞いている」と言っており、金額について迷っています。お墓の値段の1/4位が一般的なのでしょうか?(私には弟が一人います)
仏事一般
質問 93
お仏壇に向かって、「うちの商売がうまくいきますように」とお願いしてもよいのでしょうか?
仏事一般
質問 92
「寺院墓地」というのは、どういうお墓のことをいうのでしょうか?
仏事一般
質問 91
このQ&Aで、ペットについて「人間と同じように解脱できる」というような回答がありました。仏教の六道思想では、上から2番目の「人」だけが輪廻から解脱できるので、どんなに可愛がってもペットは解脱できない、せめて来世で「人界」に生まれて、それから解脱できるということではないでしょうか?

質問/回答31に関連していただいたご質問です》
仏教
質問 90
私は法然上人を崇敬しています。宗教家として本当に素晴らしい方だと思います。それで私もお念仏をとなえてみるのですが、どうもしっくりきません。自分のお念仏の声に違和感を感じるのです。法然上人に対する自分の思いとずれているというか…。何かアドバイスを頂けますでしょうか?
浄土宗
質問 89
ある方に「あなたは前世で、生きてゆくために人をだますようなことをした。今、その報いを受けている」と言われ、たいへんショックでした。前世のことを本当に知ることができるのでしょうか?
一般の相談
質問 88
五輪塔の上の部分の文字についてです。いろいろ本を読んだところ、浄土宗は上から南無阿弥陀仏を刻むと書いていたり、梵字で4面刻むとか正面だけ梵字を刻むとかありました。墓地で見たところ、南無阿弥陀仏と刻んであるものは無く、みな梵字でした。梵字も、正面だけのものと、4面刻んであるものとありました。どちらでも良いのでしょうか?
仏事一般
質問 87
娘の婚家先の仏壇にお参りすることになりました。私の実家は真言宗で婚家は浄土宗ですが、作法の違いはありますか? お供えのお菓子はどのようなものがよろしいのですか? また、お参りの仕方について順を追って詳しくお教え下さい
仏事一般
質問 86
『般若心経』には「一切は空である」と書いてあります。もしそうならば「浄土」も「念仏」も本来「空」であって、浄土を求めて念仏をとなえるのは一種の執着なのではないでしょうか?
浄土宗
質問 85
私の彼女は、東海地方の曹洞宗のお寺の娘さんです。お寺の跡継ぎがいないため、私が跡継ぎとしてなんとかしたいと思います。お父様の後を継ぐにはどうしたらいいのでしょうか。ちなみに、私は現在会社員で、僧侶になることは今まで考えたこともありませんでした。彼女のお父様には聞きづらいので、ぜひとも教えてください
修行
質問 84
1ヶ月前に父が亡くなり、浄土宗の葬儀を済ませました。そこで質問があります。戒名には、本名(俗名)から字を取って入れるものなのですか?(父の戒名には本名の字が入っていません)
仏事一般
質問 83
5年ほど前、ある方のお誘いで1回だけ新興宗教の集まりに出席しました。その際、「せっかく来たのだから」ということで経本と袈裟を頂きました。後になって「処分したい」と気になりながらも、今日まで来てしまいました。どうすればよいでしょう?
仏事一般
質問 82
私の父は海が大好きな人です。ヨットや釣り…若いころはダイビングもよくやったそうです。そんな父が最近「もし僕が死んだら、相模湾に散骨して欲しい」と言い始め、少し戸惑っています。父の言う通りにするべきでしょうか?
仏事一般
質問 81
インド旅行の時に、ブッダガヤの土産物屋でお釈迦さまの仏像を買いました。最初はただの置物だったのですが、いつも見ているうちに仏様になってこられたような気がして、なんとなく手を合わせ、お念仏申すようになりました。
 しかしこの釈迦像は、他人から見ればただの土産物、置物。ましてやお性根も入っていない仏像に手を合わせるのもどうかなと思い続けておりました。
 うちは浄土宗ですが、仏壇とは別にお釈迦さまをお祀りしても構わないでしょうか。また、開眼供養をしないとその仏像は仏さまではないのでしょうか?
仏教(宗教)



 一気読みコーナー 
※番号の逆順になっています(若いものほど下)



質問 100
仏教の本を読んでいます。六波羅蜜のなかに「忍辱(にんにく)」ということが出てきます。これは、どんなことをされても耐え忍ばなければならない、ということなのでしょうか?
〈回答 100〉 あなたが自分を抑えたり、怒りをコントロールすることが難しい性質の人であるならば、この「忍辱」の行を実践することが役に立ちます。
 ある人が、あなたに対してひどく侮辱したとしますね。あなたが怒りを(粗っぽい形で)投げ返さないですむ一つの方法として、「相手の立場を思いやる」というやり方があります。あなたに対してひどい態度をとらざるを得ないような事情が、その人にあったわけです。もしかしたらそれは、あなたには関わりのない、その人自身の過去の内的な事情かもしれません。
 あるいは逆に、その人の言葉にも一理ある、のかも知れません。客観的に見れば、正しいのはその人で、自分の方に落ち度があったのかもしれない。その人はそれを教えてくれた。ほかの人は中々教えてくれないことを、その人は教えてくれたわけです。
 また、あなたの中に起こった怒りのエネルギーを、他所に向ける、という方法もあります。自然の中を歩いたり、運動、筋力を通してエネルギーを発散させる、というのも良い方法です。
 誰かに話を聞いてもらう、というのもたいへん有効です。第三者の立場の方に話を聞いてもらえば、それだけで「怒りの袋小路」から出られるかもしれません。
 これらの方法をもちいて、自動的に怒りを爆発させることを抑えられるようになれば、それは大きな進歩です。

 あなたがもし「いつも自分を抑えてしまう人」であり、「忍辱なんて当たり前」の人であるならば、むしろ注意したほうが良いと思います。自分のどこか(肉体的、心理的部分)に、知らないうちに無理をため込んでいたり、周囲の人に対して微妙な形で高圧的に振る舞っている可能性があります。「怒りを抑えている」のではなく、「怒りをうまく表現できない」だけなのかもしれません。もしあなたがそういう人なら、(必要な時には)適切な形で怒りを表現することを学んだほうが良いでしょう。

 どちらのケースにおいても、「自分自身や相手に対して、また周囲の人に対して暴力的にならぬように、怒りの感情と付きあう」ことが修行になります。やみくもに耐え忍ぶことで、身体を壊してしまうようではいけません。

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質問 99
僧侶になりたいです。どうすればいいでしょうか?
〈回答 99〉 あなたの詳しい状況が分かりませんので、何とも答えにくいところがあります。
「僧侶になりたい」というお気持ちはどのようなものでしょうか。たとえば、
  1. 伝統仏教の何れかの宗派に属し、その宗派の僧侶(教師)資格を取得して、「○○宗の僧侶」という社会的地位を得たい。僧侶として活動し、その立場で生計を立ててゆきたい。
  2. 伝統仏教の僧侶資格を取得して、僧侶として活動したいと思っている。が、そこから主たる収入を得ようとは思っていない。
  3. 伝統仏教の僧侶資格を取得できればそれでよい。僧侶として活動することまでは考えていない。
  4. 今の自分に満足できない。出家するしか生きていく道がないように思える。
  5. 自分には宗教体験がある。その体験に基づいた教えを人々に伝えたい。そのための道筋をどうつければよいのだろうか。
  6. 将来のことは、まだはっきりと考えていない。ただ仏教の勉強・修行を始めたい。
 伝統仏教の僧侶資格を取得するためには、まず師僧になって下さる方を探すところから始めます。あなたのお考えやご希望、環境が、師のお考えにかなえば、入門が許されるでしょう。(ちなみに私自身は、菩提寺の住職に弟子入りをしました。)
 また、各宗派には僧侶資格を取るための課程があります。それは、(少なくとも浄土宗では)上に書きました「1.」または「2.」の方が対象であるようなカリキュラムです。つまり、浄土宗の僧侶(教師)として、浄土宗の教えを広める活動をしてゆこうとする方に向けた養成教育がなされるということです。そこのところをご承知おき下さい。

《関連 Q & A》
  • 質問 5... 僧侶になる手順を簡単にまとめてあります
  • 質問 26... 私自身の経験を書きました
  • 質問 85... ご結婚に関わるご相談ですが、やはり僧侶になることに関するご質問です

H19.8.1 追記:この質問に関連して、「僧侶になりたい、あるいは僧侶になるにはどうすればよいか、とお考えの方へ」というページを新設しました。こちらもご覧下さい)

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質問 98
新しく過去帳を作ることになりました。菩提寺(浄土真宗)にお願いするのですが、出来上がって受け取るときに、お礼(お布施)をした方が良いものなのでしょうか?
〈回答 98〉 そうですね。お布施をして頂く良い機会だと思います。大きな金額でなくとも、お気持ちでなさったら宜しいでしょう。 余計なことながら、このお布施は「労力への対価」ではございませんので、「どうぞお受け下さい」というお心でなさって下さい。

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質問 97
十数年前に同僚だった方が亡くなりました。最近は、年賀状のやりとりくらいのおつき合いでした。お線香でも…と考えていますが、ご家族の方とは一面識もありません。どの様に訪問し、何を持参したらよいのでしょうか?
〈回答 97〉 別に難しいことはありません。事前に連絡をして、あなたと故人とのご関係と「お参りさせて頂きたい」というあなたの意向を伝え、日時のご都合を調整して下さい。
 そのお宅が仏教でしたら、御仏前(四十九日より以前は御霊前・御香典)と、お気持ちでお線香、お花、お菓子などを添えてお供えなさればよいでしょう。
 神道やキリスト教の場合もありましょうから、連絡されるときにお尋ね下さい。

 思い立ったときには、お参りされるのが一番です。また十数年も前におつきあいのあった方が訪ねて下されば、ご遺族もさぞかし喜ばれると思います。
 あまり形式を気になさらず、是非ご弔問下さい。

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質問 96
郷里のお墓(曹洞宗)を家の近くのお寺さん(浄土宗)に移すことを考えています。位牌堂に預けてある位牌も移します。改宗は大変でしょうか? また、どんな注意点が必要でしょうか。曹洞宗と浄土宗の違いは何でしょうか?
〈回答 96〉 改宗についてですね。
 いろいろな要素があります。ご本尊・教え・ご先祖の供養の仕方・戒名…これらが宗派によって違ってきます。
 先祖代々の宗派を自分の代で変える、ということにはそれなりの覚悟が必要です。
 もしあなたが、これらについて承知したうえで「大丈夫」ということであれば、改宗は可能です。手順としては、
  1. 新しく入檀を希望するお寺に相談に行く。(戒名を変えて下さい、と言われる可能性もあります)
    入檀が認められたら、お墓の改葬やお仏壇についても相談する
  2. これまでお世話になった菩提寺さまに改宗(離檀)したい旨ご相談をする。丁重にお礼をする
  3. お墓を移す場合は改葬許可証が必要になるので、その手続きを進める
 もちろんご家族・ご親戚にも事前に了解をもらっておくべきでしょう。
 改宗の決心がしっかりしていること、関係する方々に丁寧に説明してご理解頂くこと、分からないことは独断で決めずに相談しながら進めていくこと…そのあたりがポイントです。
 曹洞宗と浄土宗ではご本尊(釈迦如来と阿弥陀如来)、宗祖(道元禅師と法然上人)、教えの伝わった系譜、宗旨(坐禅と念仏)、よりどころとする経典、本山などが違います。仏教—お釈迦さまに発する教え、という点では同じですが、宗派の違いは大きなものです。ぜひ勉強なさってみて下さい。

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質問 95
葬儀で出棺する時に、親族が「釘打ち」というのをしますね。祖母の時も葬儀社の人に「この石で軽く二度打って下さい」と言われました。あれは何か意味があるのですか?
〈回答 95〉 棺(ひつぎ)の蓋(ふた)に釘を打つのは、言うまでもなく運ぶときに蓋がずれないようにするためです。ではなぜ石で二度打つのでしょう。
 まず石について。これは「三途の川の河原の石」と言われます。石に宿る霊力が、それで釘を打つことによって死霊を封じ込める、という意のようです。また遺族の手で釘打ちを行なうのは、故人に対する執着を断つ、という意味。
 なぜ二度打つのか、といいますと、ひとつには故人がこの迷いの世界に帰ってこないようにという願い、そしてもうひとつは故人が極楽浄土に無事に往生して欲しいという願いを表わします。これらは、死霊がもたらす不幸や危害を恐れ、それから逃れたい、という心にも通じます。
 私自身は、実は「死霊を恐れる」心理が理解できません。亡くなられた方は極楽に往生され、子孫を見守っておられるわけですから、何も恐れることないと思うのですが…。ただ葬儀をお勤めしたときに、故人のご親戚の方が「自分も(あの世に)連れていかれたら困る」と言われるのを(たまに)耳にしますと「ああ、このことかな」と思うわけです。
 最近は、遺族の希望で釘打ちをしない、という場合も増えています。習慣的なことですし、地域差もあります。

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質問 94
実父の七回忌を機に、母がお墓を建てました。嫁いだ娘の気持ちとして、お祝いをしよう思います。母もそれでいいと言っています。しかし母は以前、「お墓は子供と一緒に建てるものだと聞いている」と言っており、金額について迷っています。お墓の値段の1/4位が一般的なのでしょうか?(私には弟が一人います)
〈回答 94〉 一般的な基準はありません。あなたが「1/4くらいが適当」とお考えであれば、それでよいでしょう。
 弟さんはどうなのですか。文面だけでは分かりませんが、(弟さんがすでに社会人であるなら)弟さんとのバランスも考慮した方がよいでしょうね。
 お墓は高価なものですから、1/4といってもかなりの金額になるはず。せっかくのことですので、気持ちの行き違いが起こらないようにしたいところです。
 それと余計なことかもしれませんが、文面にある「お祝い」と「一緒に建てる」というのは随分ニュアンスが違います。「一緒に建てる」となりますと、将来、継承の問題が出てくる可能性があります。「お祝い」であればその時のことだけですよね。金額の大小に関わらず、どういう意識でお金を出すか、ということをお互いに了解していないと、あとで誤解が出てきます。「○○のつもりでお金を出したのに…」「○○のつもりで受け取ったのに…」ということにならないよう、そのことだけお気をつけ下さい。

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質問 93
お仏壇に向かって、「うちの商売がうまくいきますように」とお願いしてもよいのでしょうか?
〈回答 93〉 お願いなさっても構わないでしょう。そして、どんな感じがするかをよく味わって頂きたいと思います。
 静かにお念仏をおとなえしていると、仏さまが何かを示して下さる(ような感じがする)ときがあります。私自身、「商売…」ではありませんが、迷ったときや、何かを決断しなければならないとき、アイデアが欲しいときなど、ご本尊さまにお示し頂くことが多々あります。そのようなときは、「自分の力で道を切り開く」というよりも、「大きな流れに乗って行く、導いていただく」という感じがします。これはとても力強い感じです。
 反対に、いざお願いしてみると、「やっぱりこういうことをお願いすべきではなかった」と感じられるかもしれません。それはそのときのこと。仏さまに懺悔し、今後気をつけて頂ければそれで大丈夫です。
 あなたの願いが真に切実なものであるならば、決して間違った方向にはいかないと思います。

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質問 92
「寺院墓地」というのは、どういうお墓のことをいうのでしょうか?
〈回答 92〉 「寺院墓地」とは、寺院が檀家のためにお寺の境内地に設けた墓地をいいます。寺院墓地にお墓があるということは、そのお寺の檀家である、ということです。そのお寺の宗派に属し、そのお寺に仏事をお任せすることになります。
 「お寺とのおつき合いは大変」とお考えの方もいますが、多くの長所—例えば、仏教・仏事などについて親身になって相談にのってもらえる、お寺の行事に参加できる、檀家同士の親睦を深める機会が得られる、などがあります。またご法事をお寺の本堂で行なえば、すぐにお墓参りに行けますよね。

 寺院墓地の他にも、どこが経営管理するかによって、いろいろな種類のお墓があります。
 墓地の経営は、大きく分けると公営と民営の二つになります。
  • 公営墓地は、都道府県や市区町村の自治体が経営・管理する墓地です。その多くは大きな霊園で、全国に500カ所以上あります。
  • 民営墓地は、それ以外の墓地です。寺院墓地もここに入ります。寺院墓地の他に、次のようなものがあります。
    1. 財団法人や社団法人が経営管理する霊園。
    2. 宗教法人が経営する霊園。寺院墓地と異なり、「宗旨・宗派不問」としています。ひとつのお寺が寺院墓地のほかにこの霊園墓地をもっていることもあるので、注意が必要です。
    3. 村落墓地。昔から村の住民が共有している共同墓地のことです。各地には多くのこうした墓地が残り、そのまま認められています。しかし、新規利用者の公募はありませんし、こうした墓地を新たに造ることもできません。
    4. 個人墓地。村落墓地と同様に、「墓地や埋葬に関する法律」が制定される以前から個人の土地に造られていた墓地のことです。

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質問 91
このQ&Aで、ペットについて「人間と同じように解脱できる」というような回答がありました。仏教の六道思想では、上から2番目の「人」だけが輪廻から解脱できるので、どんなに可愛がってもペットは解脱できない、せめて来世で「人界」に生まれて、それから解脱できるということではないでしょうか?

質問/回答31に関連していただいたご質問です》
〈回答 91〉 おっしゃる通り、「人身受け難し」つまり、私たちは人間として生まれてくることは極めてまれである。仏道に入る機会はこのときしかないのだから、しっかり修行を積みなさい、という教えがあります。
 一方、『無量寿経光明歎徳章』には「若在三塗勤苦之処、見此光明、皆得休息、無復苦悩、寿終之後、皆蒙解脱。」とあり、Q&A31はこの教えに基づいた回答です。この経文は、
「もし三塗、つまり六道の中の地獄・餓鬼・畜生の3つの世界で苦しみを受ける者でも、この(阿弥陀仏の)光明を見奉れば、皆その苦しみが休まり、命終わったあと、解脱する」
という意味です。ここでは「人間だけが救われる」ということでなく、「動物も同じように救われる」と説かれています。
 一体どちらなのでしょうか。「人間だけが救われる」のか「動物はそのままでは救われない。いったん人間に生まれ変わってからなら救われる」のか—。

 私はこのように思います—重点の置き所の違いが、このような教えの差になっている、と。
 「人間だけが救われる」という教えでは、「人間に生まれてくることは稀なこと。この貴重な瞬間を無駄に過ごしてはいけない。この人生を無為に終えたら、次にいつチャンスが巡ってくるか分からない。だから、後悔のないようにしっかり仏道を歩みなさい」というところに重点があります。
 また一方「動物も救われる」という教えの中には、まず「人間の命も動物の命も同じように大切である」というように、私たち人間という存在を特別扱いせずに相対的にとらえよ、という意味がある。そして、ここが大切なのですが「たとえ動物でも救われる」という阿弥陀仏の救いの力(本願力)の強さ、素晴らしさを強調する意味があります。法然上人も上に引いた経文をもとに、次のように言っておられます。
「亡くなられた人のために、お念仏を回向しなさい。そうすれば阿弥陀仏が光を放って3つの苦しみの世界を照らし、たとえそこにいる者でも苦しみが休まり、命終ったあと解脱する」

 ですから「どちらの教えが正しいのか」ということではなく、どちらも尊い教えです。Q&A31では救済がテーマですので、『無量寿経』の経文に基づいたお答えをしました。

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質問 90
私は法然上人を崇敬しています。宗教家として本当に素晴らしい方だと思います。それで私もお念仏をとなえてみるのですが、どうもしっくりきません。自分のお念仏の声に違和感を感じるのです。法然上人に対する自分の思いとずれているというか…。何かアドバイスを頂けますでしょうか?
〈回答 90〉 法然上人に崇敬の念を感じられる—誠に尊いことです。そのお心をどうか大切になさって下さい。
 また実際にお念仏をとなえることが、その崇敬の心と一致しない、ということがあるのも分かります。もちろん、初めからそれが一致すれば、素晴らしいことなのですが…。
 私ども僧侶は、大きな声でお念仏をおとなえする、ということを、当然のこととして行なっています。集団の中で、身体から自然にお念仏の声が出るような教育を受けているわけです。
 しかし、僧侶になる教育を受けなければ自然なお念仏が身に付かない、ということでは決してありません。

 私からできるアドバイスは二つです。
 ひとつは、お近くで念仏会を行なっているお寺を探して、そこに参加してみること。ご自分ひとりでとなえるお念仏とは随分違った印象を受けられると思います。また、そこでご住職の法話を聞いたり、他の参加者のお話を聞くことも大いにプラスになるでしょう。
 そしてもうひとつは、「法然上人の真のお心を理解できますように」と願ってお念仏をとなえることです。あなたが法然上人を崇敬される心は、真実のお気持ちだと思います。その真実のお気持ちを、お念仏の声にこめてみるのです。こうしてお念仏を続けるうちに、次第に法然上人の言われる「三心具足のお念仏」に近づいてゆくでしょう。

 法然上人の説かれた尊い教えは、あなたのお念仏の声に具現します。どうかお念仏をお続け頂きますように、切にお願いいたします。

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質問 89
ある方に「あなたは前世で、生きてゆくために人をだますようなことをした。今、その報いを受けている」と言われ、たいへんショックでした。前世のことを本当に知ることができるのでしょうか?
〈回答 89〉 前世のことを知る力については、昔から「宿命通(しゅくみょうつう)」として知られています。悟りを開かれた方はこの能力を得ることができる。浄土宗では、浄土に往生したのちにこの力を得ることができる、と教えられています。
 しかし、誰かから「あなたの前世は○○」と言われ、もしそれが納得できないならば、まったく気になさる必要はありません。多くの場合、そういうことをおっしゃる方が人々を混乱させています。
 私たちはこの複雑な現代社会に生きています。前世のことを持ち込んで、これ以上人生を複雑にする必要はないでしょう。それに、もし前世を知ることが生きてゆくために必要なものならば、その力が私たちに生まれつき備わっているはずで、わざわざ他の方に教えてもらう必要はないでしょう。
 また、「前世で、生きてゆくために人をだますようなことをした」という話ですが、よく考えてみれば、私たちは皆、「生きてゆくために人をだます」ことを多かれ少なかれ行なっています。自分に対しても他人に対しても完全に正直でいる、ということはとても難しいことです。その方に言われたことを敢えてプラスに受け取るとすれば、このように「罪深い自分」を自覚することで仏道に入る扉が開ける、ということになりましょうか。

 いずれにしましても、ご自分にとってプラスのこととして受け取れるものだけを受け取れば良いのです。そうでないものは、忘れてしまいましょう。

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質問 88
五輪塔の上の部分の文字についてです。いろいろ本を読んだところ、浄土宗は上から南無阿弥陀仏を刻むと書いていたり、梵字で4面刻むとか正面だけ梵字を刻むとかありました。墓地で見たところ、南無阿弥陀仏と刻んであるものは無く、みな梵字でした。梵字も、正面だけのものと、4面刻んであるものとありました。どちらでも良いのでしょうか?
〈回答 88〉 五輪塔といいますと、ふつう石塔のことです。ご質問に「五輪塔の上の部分の文字」とありますから、おそらく五輪塔を木で表わした塔婆(卒塔婆)のことをおっしゃっているのだと思います。
 五輪塔も塔婆も本来、大日如来のお心を表わすものです。地・水・火・風・空の五大(万物を構成する5つの要素)を、方形、球形等の5種類の形で表現します。塔婆にも同様に、五大のそれぞれを表わす梵字を書くのが本来の形です。
 しかし、浄土宗のご本尊は大日如来ではなく阿弥陀仏。それで「南無阿弥陀仏」と書かれるご住職もおられます。
 塔婆本来の意義からすると梵字を書くのが正当、いっぽう浄土宗の教えからいえば「南無阿弥陀仏」と書くべき、ということになりましょうか。どちらを選ぶかはご住職の考え方次第だと思います。私自身は梵字を書いています。
 また、角塔婆に梵字を書くときは、地・水・火・風・空を表わす梵字を4面に書きますが、1面1面少しずつ違えた梵字にする、と私自身は教わりました。ただ、正面だけに書く場合もあるようですね。このあたりもご住職のお考えや、あるいは各お寺に伝わるやり方によるようです。

ひとこと
この質問の方が言われている五輪塔というのは、お墓の事を言っているのではないでしょうか? 私のところの墓地にも五輪塔型のお墓がありますけれど…。
 上のQ&Aをごらんになった方がコメントを下さいました。ご指摘、ありがとうございました。
 回答にも書きましたように、ご質問に「五輪塔の上の部分の文字」とあったこと、そして五輪塔の墓石に「南無阿弥陀仏」と刻んであるものを見たことがないことから、「これは卒塔婆のことだろう」と思ってお答えしました。
 ご質問を下さった方、もし違っているようでしたら再度ご連絡下さい。

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質問 87
娘の婚家先の仏壇にお参りすることになりました。私の実家は真言宗で婚家は浄土宗ですが、作法の違いはありますか? お供えのお菓子はどのようなものがよろしいのですか? また、お参りの仕方について順を追って詳しくお教え下さい
〈回答 87〉 お参りの作法に大きな違いはないと思います。お供えのお菓子についても、特に決まりはありません。和菓子が無難ですが、洋菓子や果物でも構わないでしょう。
 お参りの仕方を詳しく書きますと、
  • 向こうの家の方がたに一礼する
  • 仏壇の前に出る
  • お供え物を供える
  • ロウソクに火をつける(お家の方がつけておいて下されば良いのですが、気がつかれなかった時は自分でつけます)
  • 右手でお線香を取って灯し、左手に持ち替えて、右手で軽くあおいで火を消し、また右手に持ち替えて香炉に立てる(1本でよいでしょう)
  • おりんを鳴らす
  • 合掌—みぞおちの辺りで、指を真直ぐのばしてぴったりと両手を合わせます。手の角度は横から見て45度くらい
  • 礼をする(仏さまに対し、心をこめて頭を下げ、数秒保ちます。)
  • 仏壇から下がり、家の方に一礼する
  浄土宗では合掌して十回のお念仏(なむあみだぶ〜)をとなえますが、浄土宗信徒としてお参りされるわけではないので、そこまでなさらなくても良いでしょう。またお線香は、浄土宗では本来、1〜3本いずれでも結構です。
  (なお、十念(十回のお念仏)のとなえ方をお知りになりたければ、>Q & A の No. 11をごらん下さい)
 いつもなさっているやり方と大差ないと思います。ご心配でしたら何度か実際にお身体を動かして、練習なさったらいかがでしょうか。
 そして、少し慣れられたら、「ご先祖のおかげで娘も良いご縁に恵まれました。どうぞ若い二人をお見守り下さい」というお気持ちをこめて手を合わせて下さい。
 それがあなたさまのお心かと思います。細かい作法を気にするよりも、ここ(真実の心をもってお参りすること)が一番大切です。

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質問 86
『般若心経』には「一切は空である」と書いてあります。もしそうならば「浄土」も「念仏」も本来「空」であって、浄土を求めて念仏をとなえるのは一種の執着なのではないでしょうか?
〈回答 86〉 確かに「一切は空である」という見方に徹すれば、すべての執着を断つことができるでしょう。しかし、私たちは生身の人間。一切が空である、と一時的に達観できたとしても、そこに徹し続けることはなかなかできません。  浄土の教えは「自分を鍛えて執着を断っていこう」というものではありません。それは仏さまや菩薩さまだからできること。自分にはとても無理だ、というところから出発します。
「一切衆生は、みな仏性あり。遠劫よりこのかたまさに多仏にあうべし。何によりてか、今に至るまですなわち自ら生死に輪廻して火宅を出ざるや…」
 つまり、こう考えます。
「私は輪廻転生——限りない生死の繰り返しの結果、解脱できずに今ここにこうして生きている。悟りを求める気持ちをおこすのは、たぶん今生が始めてのことではないであろう。過去生においても同じようなことを考えたはずだ。また、悟りを開いた方にお会いしたこともあっただろう。しかし、過去生においていくら悟りを求めて努力しても、悟りは開けなかった。だからこそ、現に今ここで迷っているのだ。」
「今生もまた同じ。どんなに頑張ったとて、自分の力では到底悟りには達しないであろう。自分の力を遥かに超えた阿弥陀仏の本願力——浄土の教えにすがるしかない。」
 ですから、執着心・煩悩をもったありのままの自分を導いて頂く道——それが浄土の教え、というわけです。
 浄土宗も仏教ですから、究極の目標は仏道成就、すなわち悟りを開くことです。ただし「執着を断ち、悟りを開く」ことができるのは、今生においてではありません。浄土にお導きを頂いたあとのことです。
 浄土へのお導きを信じてお念仏をとなえる——そこにこそ、この濁世に生きる真実があります。

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質問 85
私の彼女は、東海地方の曹洞宗のお寺の娘さんです。お寺の跡継ぎがいないため、私が跡継ぎとしてなんとかしたいと思います。お父様の後を継ぐにはどうしたらいいのでしょうか。ちなみに、私は現在会社員で、僧侶になることは今まで考えたこともありませんでした。彼女のお父様には聞きづらいので、ぜひとも教えてください
〈回答 85〉 師僧(師匠)について得度を受ける、というところから始まります。浄土宗ではその後、僧籍登録の手続きを経て、宗門の大学や養成講座などで必要な科目を修得し、本山で加行を受けます。こうして僧侶(教師)資格を取得します。「お寺を継ぐ」というのはその後の話です。
 曹洞宗の場合は詳しく存じ上げませんが、同じように定められたルートがあるはずです。(東海地方でしたら愛知学院大で学ぶ方法もあるようですね)
 いずれにしましても、どなたかに師匠になって頂く、というところから始まるわけです。やはり、彼女のお父様に師匠になって頂くのが一番スムーズでしょうから、まず、お父様にご相談なさることです。
 「お父様には聞きづらい」ということですが、あなたが寺を継ぐということは、お父様や檀家さんにとっても大きなこと(歓ぶべきこと!)。ですから、最初からきちっと相談なさりながら進めたほうがよいでしょう。もしこの話をお父様に相談せずに進め、お父様の耳に、彼女やあなたでなく別の方面から入ってきたら、トラブルにもなりかねません。
 お寺の世界も、一般社会と同じく「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)」が大切です。

H19.8.1 追記:この質問に関連して、「僧侶になりたい、あるいは僧侶になるにはどうすればよいか、とお考えの方へ」というページを新設しました。こちらもご覧下さい)

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質問 84
1ヶ月前に父が亡くなり、浄土宗の葬儀を済ませました。そこで質問があります。戒名には、本名(俗名)から字を取って入れるものなのですか?(父の戒名には本名の字が入っていません)
〈回答 84〉 お戒名は仏弟子としての名前です。真の仏弟子となられた証しとして、授けられるもの。従って、それにふさわしい名前でなければなりません。
 多くの場合、お父上のように亡くなられたあとでお戒名を受けることになります。
 私どもがお戒名をお授けするにあたっては、いろいろな要素を意識します。仏の教えをあらわす字を選ぶ、速やかに安らかな境地に至って欲しいという願いを字にこめる、故人ご生前のお人柄を偲べるような字を選ぶ、などです。俗名から字を頂く、というのもその一つですが、必ずそうするというわけではありません。このあたりはご住職によります。
 「俗名はあくまで俗の世界の名前。俗世への執着を断つ、という意味では俗名から字を取るべきでない」という考え方もあります。
 何れにしましても、菩提寺のご住職はお父上にふさわしいお名前を授けられたことと思いますので、気にしなくて大丈夫です。

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質問 83
5年ほど前、ある方のお誘いで1回だけ新興宗教の集まりに出席しました。その際、「せっかく来たのだから」ということで経本と袈裟を頂きました。後になって「処分したい」と気になりながらも、今日まで来てしまいました。どうすればよいでしょう?
〈回答 83〉 菩提寺など、おつき合いのあるお寺はおありですか? もしあるならば、そちらにご相談下さい。お焚き上げをお願いできると思います。もしそういうお寺がないならば、お線香の香煙に薫じて手を合わせ、ふつうに処分していただいて構いません。
 信仰をもつ者にとっては、お経本もお袈裟も大切なものです。が、それ以上の意味はありませんから、丁寧に処分して頂ければそれで充分です。

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質問 82
私の父は海が大好きな人です。ヨットや釣り…若いころはダイビングもよくやったそうです。そんな父が最近「もし僕が死んだら、相模湾に散骨して欲しい」と言い始め、少し戸惑っています。父の言う通りにするべきでしょうか?
〈回答 82〉 散骨については、法的には「節度をもって葬送の一つとしておこなわれる限り違法ではない」とされています。
 しかし、ご遺骨をお墓に納め、節目ごとにお墓参りをして手を合わせる、という習慣にはいろいろな意味があります。
  • 手を合わせ、語りかける対象がそこにある。
  • お墓参りには(小さな)儀式としての意味合いがあり、お参りをすると「何か良いことをした」安心感がある。
  • 「お墓を守る」という仕事をすることで、ご先祖への感謝の念を形にすることができる。
  • 寺院墓地であれば、お墓参りのたびにお寺さんと交流をもつことができる。
 これらはいずれも、心理的・宗教的な意味合いが大きいことです。散骨した場合、そのあたりはどうなのだろうか、と気にかかります。
 遺骨との距離感というのは、遺族の心に大きな意味をもつのではないでしょうか。お墓に納めればはっきりとした距離感、遺骨の存在を実感することができますが、海となると、漠然としてしまい、心の置き場に困ってしまうような気がします。
 一方、散骨をした場合、もしもご本人がそれを強く希望していたならば「本人の望む通りにしてやれた」という満足感が得られるでしょう。ご本人の希望にも関わらず散骨できなければ、「申し訳ない」という心をいつまでも引きずることになりかねません。
 ですから、これらのことを踏まえて、一度お父さまやご家族とよく話し合ってみることをお奨めします。例えば以下のような項目について確認なさってはいかがでしょうか。
  • ご本人は真剣にそれを望んでいるのか。
  • ご家族は本当にそれで良いのか。(いざというときには、家族の心は大きく揺れます。それを承知で「散骨」を約束できるのか)
  • 分骨して一部を散骨する、という選択についてはどうか。

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質問 81
インド旅行の時に、ブッダガヤの土産物屋でお釈迦さまの仏像を買いました。最初はただの置物だったのですが、いつも見ているうちに仏様になってこられたような気がして、なんとなく手を合わせ、お念仏申すようになりました。
 しかしこの釈迦像は、他人から見ればただの土産物、置物。ましてやお性根も入っていない仏像に手を合わせるのもどうかなと思い続けておりました。
 うちは浄土宗ですが、仏壇とは別にお釈迦さまをお祀りしても構わないでしょうか。また、開眼供養をしないとその仏像は仏さまではないのでしょうか?
〈回答 81〉 お釈迦さまをお祀りいただくことは、もちろん構いません。開眼については、もし、おつき合いのあるお寺さんがあるのならば、何かの機会に相談し、開眼供養をして頂いたらよいでしょう。そうしたお寺さんがないのであれば、急がなくてもよいと思います。
 ご質問を拝見し、林海庵を開く前、私が最初に身近において手を合わせていた仏像のことを思い出します。それは、私の亡父が出張先の香港で買い求めてきたものです。私が仏門に入るずうっと前のこと…。最初はおっしゃるように「ただの置物」でしたが、確かにだんだん「ほとけさま」になってこられたような気がしました。
 最初に縁を結んだ仏像で、今もとても気に入っております。林海庵を開くときに、「この仏像をモデルにしたご本尊仏を作成できないだろうか」と仏具屋さんに相談したほどです。
 「他人から見れば…」 その通りなのですが、「自分にとってどうか」を大切にするのが宗教の根本です。永年人々の信仰を集めてきた尊い仏像もあれば、土産物、置物から仏さまになられる仏像もあると思います。
 どうぞ自信をもって、お手をお合わせ下さい。

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