質問178
仏事一般
昨年、父方の祖母が亡くなりました。その際、父の希望で分骨してもらい、わが家でも供養しています。またそれを機に初めて仏壇を購入し、開眼供養もいたしました。
また、父自身も数年前から病気で入退院を繰り返していたのですが、このところ体調が悪化し、先日、主治医より余命宣告なるものを受けました。
父の兄夫婦からは、「(父の)病気が悪くなっているのは、祖母の供養を二か所で行なっていて霊が迷っているからだ。また、まだ仏さまがいないのに新たに仏壇を購入したことにより、新仏が出る。早く閉限供養をして仏壇を閉じてしまいなさい」とアドバイスされました。
私たち家族は、とても気になってお寺に相談しましたが、「閉限供養はできない」といわれました。迷信だとは思うのですが、とりあえず、一週間前から仏壇の扉を閉じています。
私たちは何か悪いことをしているのでしょうか?
また、父自身も数年前から病気で入退院を繰り返していたのですが、このところ体調が悪化し、先日、主治医より余命宣告なるものを受けました。
父の兄夫婦からは、「(父の)病気が悪くなっているのは、祖母の供養を二か所で行なっていて霊が迷っているからだ。また、まだ仏さまがいないのに新たに仏壇を購入したことにより、新仏が出る。早く閉限供養をして仏壇を閉じてしまいなさい」とアドバイスされました。
私たち家族は、とても気になってお寺に相談しましたが、「閉限供養はできない」といわれました。迷信だとは思うのですが、とりあえず、一週間前から仏壇の扉を閉じています。
私たちは何か悪いことをしているのでしょうか?
〈回答 178〉 さぞご心配であられることと、拝察いたします。
「『(父の)病気が悪くなっているのは、祖母の供養を二か所で行なっていて霊が迷っているからだ。また、まだ仏さまがいないのに新たに仏壇を購入したことにより、新仏が出る。早く閉限供養をして仏壇を閉じてしまいなさい』とアドバイスされました。」
お釈迦さまの教えによれば、生老病死の苦しみは人生に必ず伴うものであって、この苦しみとどう付き合ってゆくか、これをどう超えてゆくか、というのがそもそも仏教の仏教たる所以です。
そして、
病気には、避けられるものとそうでないものがあります。仏さまに手を合わせていれば、避けられる病は避けられ、避けられぬ病も症状が軽くなるものです。(仏さまに手を合わせることによって病状が重くなる、というのはとんでもない話です。)
すぐにお仏壇を開き、「どうぞみ光をもってお守り下さい」「み心のままにお導き下さい」と手を合わせて下さい。
あなたご自身が心を落ち着かせ、腰を据えて状況に対することが重要です。
「『(父の)病気が悪くなっているのは、祖母の供養を二か所で行なっていて霊が迷っているからだ。また、まだ仏さまがいないのに新たに仏壇を購入したことにより、新仏が出る。早く閉限供養をして仏壇を閉じてしまいなさい』とアドバイスされました。」
お釈迦さまの教えによれば、生老病死の苦しみは人生に必ず伴うものであって、この苦しみとどう付き合ってゆくか、これをどう超えてゆくか、というのがそもそも仏教の仏教たる所以です。
そして、
- 分骨は悪いことではありません。お釈迦さまご自身のご遺骨も、分骨して供養されました。
- 仏壇は、「新しい仏さまが出てから、購入するもの」ではありません。仏さまに手を合わせ、そのみ光をご家庭にも頂くためのものです。いつでも、思い立ったとき、できるだけ早くそなえる方が良いのです。
病気には、避けられるものとそうでないものがあります。仏さまに手を合わせていれば、避けられる病は避けられ、避けられぬ病も症状が軽くなるものです。(仏さまに手を合わせることによって病状が重くなる、というのはとんでもない話です。)
すぐにお仏壇を開き、「どうぞみ光をもってお守り下さい」「み心のままにお導き下さい」と手を合わせて下さい。
あなたご自身が心を落ち着かせ、腰を据えて状況に対することが重要です。