2017.07
仏教は創造主を説きません。宇宙はさまざまな条件が組み合わさって多様に展開しているのであって、絶対的な存在(=神)が宇宙を創造し、コントロールしているとは考えません。それはちょうどインターネットが、さまざまな条件(通信技術の進歩、人々のニーズ、発信されるコンテンツの多様化・複雑化など)によって日々新たになり、それまでは誰も思ってもみなかったようなサービスや状況が生まれてゆくのと同じです。
では、仏教には一神教における神のような「絶対的な基準」は存在しないのでしょうか。いいえ、仏教にも「絶対的な基準」が存在します。それがシャキャムニ・ブッダの「覚り」です。
ブッダは80歳で入滅されるとき、このように言われました。
「弟子たちよ。今はわたしの最後のときである。だが、これは肉体の死に過ぎないということを忘れてはならない。わたしの本質は肉体ではない。覚りである。覚りは永遠に法としてそなたたちを導き、歩むべき道を示すであろう。」
こうしてブッダは一宗教の開祖となります。「あるとき尊い教えを説いた一人の人物」であることを超えて、「後々の世の人々を導く永遠普遍の存在」となり、その教えは民族・国境を超えて広がってゆきました。
その教えの要は、無常(すべてのものごとは同じ状態にとどまることがない)・無我(自分の本質というものはない)のことわりをよく理解して、真の幸福=涅槃を目指しなさい、というものでした。ブッダが説かれたこの道を歩むために、清らかな生活をおくり心の安定を修する修行者たちが増えてゆきます。ある者は草原の木陰で、ある者は山中の洞窟で、各々瞑想修行に励みました。ブッダの時代は遊行が原則で、弟子たちは執着を避けるため常に移動しながら修行を続けました。労働はせずにもっぱら在俗の人たちから布施を受け、ときには彼らに法を説きます。
のちに大乗仏教がおこると、ブッダの教えはより多くの人々が理解し歩める道として、さまざまなバリエーションの中で説かれるようになりました。浄土の教えもそのなかのひとつです。浄土教の萌芽はインド大乗仏教にありますが、中国・日本における阿弥陀仏信仰の広がりによってそれは大きな流れとなりました。とりわけ日本においては独特の展開を示し、12世紀に法然上人によって浄土宗という一宗派が成立するまでになります。
浄土宗の教えは平安時代末期の日本で成立しました。しかしその教えは決して特定の時代、特定の地域に限られるものではありません。現代においても、また日本以外の国や文化においてもブッダの教えと同じように普遍性を持ち、有効なものです。しかし残念ながら日本国外において、この教えはほとんど知られておりません。日本国内においても、それは伝統文化の中の一つの流れとしてはよく知られていますが、現実生活の生きた指針としてその教えを尊重し日々実践している人々の数は決して多くありません。私の強い願いは、法然上人がブッダの心をまっすぐに受け継いでおられることを示し、浄土宗の教えを現代のものとして蘇らせることです。
自分の人生を、もろく崩れやすい狭い枠の中だけでなく、絶対性・普遍性・永遠性の中で位置付けることができるのか。避けられない死というものを心安らかに迎えることができるのか。日々の生活をどのような心構えで暮らしてゆけば良いのか。浄土宗はこれらの問いに答え得る教えです。インターネットという発信ツールの恩恵をもって、少しでも多くの方にこの教えを紹介できればありがたく思っております。◆