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2023.03

 
自作“戒名”?
笠原 泰淳 記(令和5年3月)

 以前、お戒名の大切さについて書きました(2022年9月コラム「戒名について」)。
 最近、一般の方から「戒名を自作したい」「自作しました」、あるいは「家族に自作の戒名をつけてやりたい」というようなお話を頂くことが続きました。これついて少し考えてみたいと思います。

 私ども僧侶にとっては、僧名が戒名にあたります。
 私自身の場合を申しますと、僧名「泰淳(たいじゅん)」は、今は亡き師僧がつけて下さったものです。後に浄土宗の大本山増上寺で得度式を受けて、この二字を正式に授かりました。
 浄土宗の場合はこれがスタートになります(宗派によってプロセスが異なります)。その後、修学期間、修行道場を経て、これを無事に修了できれば宗脈(教えの根本)と戒脈の相伝を受けたということで、晴れて「浄土宗教師」になることができます。(宗脈戒脈の相伝を受けることから、僧侶資格を頂くための修行道場を「伝宗伝戒道場」と呼びます。)
 その伝宗伝戒道場を無事に終えて、私は「泰淳」という僧名に加えて蓮社号「宣蓮社(せんれんじゃ)」、譽号「濶譽(かつよ)」という号を頂き、「泰淳」と合わせて一般の方々の「戒名」に相当するような長い名前を頂きました。師僧から新たに「宣」「濶」の二字をつけて頂いたわけで、広く教えを伝えるという僧侶としての私の活動を応援してくれるような、素晴らしい字を頂いたと感謝しています。
 こうして浄土宗の教師資格を頂けば、自分でお弟子さんを取ることもできますし、授戒して人さまに戒名をお授けすることもできるようになります。

《宗戒両脈の血脈譜》

 さて、さかのぼって法然上人は、修行時代に天台宗の戒脈を受け継いでおられ、また浄土の教えを開かれてからご自身でお弟子さんに戒を授けておられます。こうした戒脈の伝統が、今日に至るまでしっかりと伝えられています。
 法然上人がお受けになった天台宗系の戒—「円頓戒(えんどんかい)」は、法華経、梵網経、本業瓔珞経といった経典を拠りどころとしているといわれ、六世紀中国の南岳慧思(なんがくえし)以下、次のように脈々と伝えられています。

円頓戒血脈(増上寺)

釈尊…南岳慧思(515-577)〜天台智顗(538-598)〜章安〜智威〜慧威〜玄朗〜湛然〜道邃〜最澄(日本)

日本:最澄(766-822)円仁(794-864)〜長意〜慈念〜慈忍〜源心〜禅仁〜良忍(1073-1132)〜叡空〜源空(法然上人1133-1212)〜聖光〜良忠〜良暁〜定慧〜了譽〜酉譽〜聰譽〜音譽〜隆譽〜天譽〜僧譽〜親譽〜杲譽〜道譽〜感譽〜雲譽〜源譽存応(1544~1620)〜正譽〜桒譽〜圓譽〜深譽〜照譽〜定譽〜登譽〜南譽〜業譽〜暁譽〜遵譽〜本譽〜頓譽〜森譽〜乗譽〜廣譽〜信譽〜生譽〜流譽〜貞譽〜詮譽〜証譽〜湛譽〜顕譽〜松譽〜演譽〜學譽〜衍譽〜通譽〜尊譽〜走譽〜門譽〜成譽〜妙譽〜歓譽〜典譽〜豊譽〜便譽〜現譽〜統譽〜嶺譽〜倫譽〜熏譽〜教譽〜騰譽〜空譽〜宝譽〜宝譽〜功譽〜明譽〜瑞譽〜梵譽〜章譽〜冠譽〜闡譽〜等譽〜温譽〜立譽〜鳳譽〜馨譽〜鳳譽〜交譽〜竟譽〜孝譽〜安譽〜孝譽〜澄譽〜願譽〜清譽徹水〜性譽弁匡〜徹譽法道〜明譽實應〜心譽康隆(1906-2008)…濶譽泰淳(不肖)

 中国8代を経て、日本で伝教大師最澄以下ちょうど100代目の心譽康隆大僧正から直接伝戒を受けたのが私どもということになります。至らぬ僧侶ではありますが、私がこうした109代という途切れぬ伝灯の末席に連なることができたのも、阿弥陀如来、釈迦如来、法然上人のお導きのもと、師僧から学び、大学の諸先生方や道場の指導者の方々から学び、自分でもささやかな努力を重ねてきた結果であります。

 さて、ここで冒頭の話題、「自分で“戒名”を作る」ということを考えてみましょう。上に書いた戒名の意味を踏まえれば、そもそも「自分で作る」という時点で、これら一切の戒脈の伝灯とは無縁であり、「名」とは言えないことはお分かりいただけるのではないでしょうか。たとえマニュアルを見て戒名らしき漢字を書き連ねたとしても、それは浄土宗の戒脈による戒名とは似て非なるもの、ということになります。なお、一部の学者の方が、表面的な知識だけを頼りに戒名自作を奨励するような著作を出されているのも大きな問題です。

 人生の完成期にあたり戒名に関心を寄せられ、生前に戒名を受けたい、と希望されるのは大変結構なことです。また菩提寺住職に「戒名にこの字を入れてほしい」という希望を伝えるのも宜しいでしょう。
 が、戒名は、自己表現や(ご家族などへの)愛情表現の場ではありません。戒を授かった証としていただく、仏弟子として大切な名前です。良かれと思って自作した“戒名”のせいで、ご先祖から続いてきた道から逸れてしまい、実際問題としては菩提寺との信頼関係にもひびが入り、思わぬ結果を招くこともあります。

 仏様の前でよき供養を捧げるためにも、「戒名」の本来の意義を十分にご理解いただき、ご一緒に仏弟子としての道を歩んでいただきたいと思います。🙏

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