2025.02
お釈迦さまのご命日は、旧暦の2月15日とされています。それで、お釈迦さまの最後の様子を描いた「涅槃図」には必ず十五夜の満月が描かれています。
今年の新暦のカレンダーでは、この日は3月14日にあたります。そこで今回のコラムではこの時期にちなみ、お釈迦さまのお涅槃のお話を載せることにしました。
清らかに深く澄み渡った瞳。そして、すべてを包み込むような慈悲の心——
尊い教えを説き続け、また沈黙のうちにご自身のお覚りを身をもって示されたお釈迦さま。かの尊いお方は、この年、80歳になられました。
しばらく前に病に倒れられましたが、ほどなく回復され、雨期が終わる頃には、ふたたび歩けるようになられました。
その日、お弟子のアーナンダ尊者は、いつものようにお釈迦さまが休まれる場所をしつらえました。そして自分で、心を集中しながら静かにゆっくりと歩く修行をしておりました。すると突然、足元の大地が揺れるのを感じました。胸騒ぎがして、すぐにお釈迦さまの元に戻ると、お釈迦さまはこうおっしゃったのです。
「アーナンダよ。わたしは今から3か月ののちに、この世を去ることになるであろう。」
アーナンダは、手足から力が抜けてゆくのを感じました。眼がかすみ、頭はぐるぐるとまわります。お釈迦さまの前にひざまずくと、振り絞るような声で言いました。
「お釈迦さま、どうかそのようなことはおっしゃらないで下さい。もしそのようなことになったら、私たちは途方に暮れてしまいます。」
「アーナンダよ。これ以上わたしに何を望むというのか。わたしはもう充分に法を説いた。まだ何か隠している教えがあると思うのか。
教えこそが真のよりどころなのだ。教えに従って生き、その教えと自分自身の心を照らし合わせるのだ。そしてすべての人が自ら、自分自身の灯火になるべきなのだ。
仏・法・僧─〈仏〉と〈法〉と〈僧〉は、すべての人の中(うち)にある。
それはこういうことだ。仏とは、覚りにいたる能力のことだ。この能力はすべての人に具わっている。「自分は愚かだから覚ることができない」と考えてはならない。また「自分は罪深いから覚ることはできない」と考えてはならない。誰もが覚りにいたる道の途上にあり、その道を前に進むことができるのだ。自分は確かに仏の世界とつながっている─こう信じることが仏に帰依するということであり、仏教の第一の宝なのだ。
そして、法とは仏法、教えのことだ。それは、仏にいたる道のこと。この道を歩めば必ず覚りをひらくことができる。この導き、この旅路を心の内で深く信頼すること。これが法に帰依するということだ。これが第二の宝である。
そして第三の宝。仏・法・僧の僧だ。僧とは、この旅路を助けてくれるすべての人、すべてのものだ。それは、そなたの心のうちにある。旅をともにする人たちへの友愛、そして励まし励まされる心。旅路を楽しく快適にさせてくれるものばかりではない。そなた自身の煩悩や苦い経験も、この旅を助けてくれるだろう。これらのものはすべて、そなたの心のうちにある。これが第三の宝だ。
この三つの宝は、そなたたちひとりひとりの心の内にそなわっている。たとえどのような状況にいようとも、そなたの内側に、覚りに至る能力と、歩むべき道と、そしてその旅路を助けてくれるものがあるのだ。この三つの宝は、誰にも奪い去ることができない。たとえ天地がひっくり返ろうとも、また、わたしが世を去ろうとも、この三つの宝はそなたたちひとりひとりの内に無傷のまま残っている。この三宝、三つの宝ほど安全な拠りどころはないのだ。このことをよく覚えておきなさい。」
さて、お釈迦さまとその一行は、パーヴァーという村に入りました。そこにはチュンダという在家の信者がおります。チュンダは熱心にお釈迦さまを慕っており、この日、お釈迦さまと300人近い比丘たちを食事に招待しました。チュンダの妻や友人は、比丘たちに料理を出し、お釈迦さまには、チュンダみずからが用意したキノコ料理、白檀の木に生える特別なキノコを使った料理を捧げました。食事が終わると、お釈迦さまはチュンダに言います。
「チュンダよ、このキノコ料理の残りはすべて土に埋めて、誰にも食べさせてはならない。」
その晩、お釈迦さまは激しい腹痛に襲われました。一晩中眠れませんでしたが、夜が明けると、クシナガラ村に向かって出発しました。
マンゴーの林に入ると、衣をたたんで地面に敷き、そのうえに横になられました。
「アーナンダよ。在家信者のチュンダの家で受けた供養が、わたしの最後の食事となった。人々は、わたしに何か悪いものを食べさせたといって、チュンダを責めるかもしれない。だから、チュンダにこう伝えておくれ。『わたしの人生でもっとも大切な食事が二度あった。覚りをひらく直前に食べた一食と、そして涅槃に入る前に食べた最後の一食だ。この最後の大切な食事を提供してくれたチュンダに、感謝を捧げたい。この食事について、チュンダは歓び以外に何も感じる必要はない』と—このように伝えておくれ。」
少し休んでから、お釈迦さまは起き上がりました。
「アーナンダよ、さあ、河を渡ってクシナガラにある沙羅(しゃら)の森に行こう。あの森は、まことに美しい。」
沙羅の森に入る頃には、日はとっぷりと暮れていました。お釈迦さまは、二本並んだ沙羅の樹のあいだに、頭を北に向けて横になられました。同行していた比丘たちは皆、お釈迦さまが今夜涅槃に入られるだろう、と予感していました。お釈迦さまは言います。
「おや、アーナンダの姿が見えないが。」
比丘の一人が答えます。
「アーナンダは、あそこの樹の陰で泣いています。嗚咽しながら、『私はまだ覚りを得ていないのに、お釈迦さまは逝ってしまわれる』と言っているのが先ほど聞こえました。」
「アーナンダを呼びなさい。」
アーナンダが連れてこられました。
「アーナンダよ。そのように悲しんではならない。すべてのものは無常なのだ。生があれば死もある。そなたは長い年月、わたしを心から気づかってくれた。そなたほど立派に侍者を勤めてくれた者はいない。
ほかの者たちはよく、わたしの衣や托鉢のお椀を地面に落としたものだが、アーナンダは決してそのようなことはしなかった。とても細やかに世話をしてくれた。
わたしに会いたがっている比丘や比丘尼、在家の信者たち、国王や役人たち、ほかの教団の修行者などがいたが、わたしがいつどこで彼らに会ったら良いかを、そなたは一番よく知っていた。また大勢の人が集まる集会は、いつも手際よく準備され、万事怠りがなかった。そなたはいのちをかけて私を支えてくれたのだ。本当にありがとう。アーナンダ、そなたの徳は大きい。
だが、そなたはもっと先に進むことができる。近いうちにかならず解脱することができるだろう。わたしにはそれが分かる。」
さらに、こう言われました。
「今宵わたしは涅槃に入る。人々にそう伝えて欲しい。」
これを聞いた近くにいる比丘や信者たちが集まり、その数は500人ほどにもなりました。お釈迦さまは人々を見渡すと、こう言われます。
「比丘たちよ。もし、教えについて疑いや迷いがあるならば、今、この場で尋ねるがよい。この機会を逃してはならない。後悔しないように。」
お釈迦さまは3度同じように言われましたが、誰も質問を発しませんでした。
お釈迦さまは静かに人々を見渡して、こう言われました。
「よく聴くがよい。すべてのものは無常である。生のあるところには死がある。ゆえに、解脱に達するよう、努め、励みなさい。」
お釈迦さまは目を閉じました。大地は揺れ、沙羅しゃらの花が雨のように降り注ぎました。集まった人々の、心と身体が震えます。お釈迦さまは涅槃に入られました…
さて、夜が明けると、クシナガラの人々は葬儀の準備を始めました。6日間のあいだ、弔問の人々が次々とやってきて、二本の沙羅樹のもとに、色とりどりのお花やお香、音楽を捧げました。7日目になって、ご遺体は町に運ばれました。
お弟子の中の最長老であるマハーカッサパ尊者と500人の比丘がこちらに向かっている、という話が伝わってきました。長老の到着を待って、火葬の薪(たきぎ)に火がつけられます。各国から代表が訪れ、遺骨を分配してくれるように求めました。火葬が終わると遺骨は8つに分骨され、各国の宝塔に納められることになりました。
お釈迦さまのお身体は、他の人が火葬されるときと同じように灰になりました。しかし、お釈迦さまが掘り当てられたいのちの水源は、その後豊かにあふれて幾筋もの大河となり、2500年の時を経た今日でも、滔々と流れ続けているのです。☸